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永瀬の研究室のゼミは、今年はすごい倍率だったらしい。
彼が髪を切って、なんとなく身綺麗にしただけで、他学部からも見物にくるぐらいの名物准教授になったからだ。
純粋に研究をしたい学生が弾かれないように、と永瀬は選考の際とても悩んでいた。
かなりの厳しい選考試験が課されたけれども、希望者は後を絶たなかったようで。
そんなわけで、昂平が研究室を覗くと、今までは学生たちも永瀬ものんびりそれぞれの研究をしているような状態だったのが、少しシャープな雰囲気に変わっていた。
部外者の彼が顔を出しにくいというか、なんというか。
永瀬の醸し出す独特のほんわかしたムードが、少し押され気味にさえ感じるというか。
誰?という複数の新顔たちの視線に、昂平が気後れして研究室から出ようとしたところに、顔見知りの先輩が気づいて声をかけてくれた。
「堀越君、入りなよ、先生は奥にいるから」
「あ、いや…」
先輩の好意は嬉しかったけれども、余計に無遠慮な視線がまとわりついてくる。
本来、そういう視線に怖じけるような昂平ではなかったのだけれども。
毎晩、永瀬の腕の中で、眠っている。
そのことで、なんとなく後ろめたさ…のようなものを感じている。
何に対して後ろめたいのか、と聞かれると、別に後ろめたいことなんてないはずだが。
昂平と永瀬が恋人同士だとして、彼らは同じ学部ではないから贔屓されるとかそういうこともないし、特に大学生活で影響し合うことはない。
更に言えば、昂平は18歳未満ではないから淫行条例に引っ掛かるということもない。
「昂平君」
別の先輩が永瀬を呼んでくれたのか、奥から嬉しそうな永瀬が出てきた。
子どもがはぐれていた母親を見つけたみたいな、全開の笑顔だ。
「講義の空き時間?コーヒー淹れるから、こっちおいで」
新顔の学生たちの視線は、最早凶器のように昂平に突き刺さってくる。
永瀬は、そのことに気づいているのか。
気づいていると思う。
そのひとは、おっとりぼんやりしているように見えて、実はそういうところもかなり聡い。
だから余計に、最初のうちに、昂平が彼のスペシャルなのだと学生たちに示しておきたいのかもしれない。
そんなことを計算しているとは全く思わせない、ほんわかした笑顔で全てを煙に巻きながら。
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