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研究室の主が座る、一番奥の専用の机には、椅子が二脚置いてある。 質問や相談などをしにくる学生といつでもじっくり話ができるように、そのための椅子を置いてあるのだ。 永瀬はその椅子に昂平を座らせて、コーヒーメーカーに豆をセットした。 「今日は君に空き時間なんてあったっけ?休講?」 一緒に住んでいるのだから、毎日毎晩嫌というほど顔を合わせているはずなのに、まるで久しぶりに会った遠距離恋愛中の相手みたいな顔で、永瀬は昂平を見る。 「ん、急に休講だったから、たまには何か手伝えるかと思ったんだけど…あんたのとこ、ゼミ生増えたんだったな、忘れてた」 俺、もう本運んだりとかしなくてよさそうだな、これじゃ。 昂平は、幾分そっけない口調でそう言って肩を竦めた。 これまでの自分の研究のことしか考えてないような学生たちと違って、新しいゼミ生たちは、綺麗な綺麗な永瀬准教授の役に立ちたくて仕方ない学生ばかりのようだ。 中にはチラホラとこれまでのような研究バカもきちんと混じっているようだけれども。 「そんなの、昂平君はここに来てくれるだけで僕の癒しなんだから、来なくなるなんてダメだよ?」 永瀬は少し困ったような顔をした。 一緒に住んでいるとは言え、それでも一分でも一秒でも長く一緒にいたい彼としては、昂平が空き時間に研究室に来てくれることが本当に嬉しいのだ。 淹れたての少し熱いコーヒーを手渡され、昂平は、永瀬のその言葉には返事をしなかった。 「昂平君」 更に永瀬が何か言おうとした、そのとき。 「先生」 声をかけてきたのは、新顔の学生の一人だった。 ゼミ生だから、もちろん昂平よりは先輩だ。 「ここの文献について、少し聞きたいことがあるんですが」 すらりと背の高い、少しチャラい感じがする現代的なイケメンのその学生は、チラリと昂平を見た。 昂平は、コーヒーを持ったまま、席を立つ。 そこに座るのは自分の権利ではない。 永瀬の席の背後にある窓辺に下がって、指導教官と学生のやり取りを邪魔しないようにした。 コーヒーを飲んだら、ここを出よう。 そして、なるべくここに顔を出すのはもう止めよう。 永瀬とは、家で一緒にいられる。 わざわざここに来なくても。
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