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新しい年度が始まって、永瀬が一番気にしていた事態が起こってしまった。
ゼミの希望が殺到した時点で、もう嫌な予感はしていたのだ。
髪を切ったのは、昂平にもっと自分をよく思って欲しかったからだ。
彼がどうしても欲しかった。
だから、なりふりかまっていられなかったのだ。
こういう弊害が起こることも予想はできたけれども、永瀬ももう若くはない。
20代の若い頃ならともかく、もうこの歳になったらここまで周りに騒がれることもないかという淡い期待もあったのだが。
予想以上に周りに騒がれて、昂平との静かな交流を学内で持つことが厳しくなってしまった。
図書館で山盛りの本を持っていれば、すぐに誰かが手伝ってくれるようになって。
そもそも、図書館に行ってくる、と言った時点で、ゼミ生が当番制のように順番を決めてついてくる。
昂平は、もう自分の出る幕ではない、と一線を引いてしまったようだ。
研究室にも、ほとんど顔を出してくれなくなった。
最近研究室に来ないね?とあえてとぼけて訊いてみたら、ぶっきらぼうに「学年が変わってまだ慣れてないから忙しい」という返答だった。
家にいるときは、永瀬が甘えれば普通にじゃれてくれる。
一緒にベッドに入って、抱きしめれば応えてくれる。
ただ抱きしめるだけじゃなくて、それ以上のことを求めても、拒否されたりしない。
と言っても、平日は朝練もあるからあまりそういうことは控えたい、と言われてしまったので、永瀬が心ゆくまで昂平とのスキンシップを味わえるのは週末だけなのだが。
でも、学校では、全くと言っていいほど姿を見かけなくなってしまった。
そもそも、学内では接点が全くない二人だ。
家で会えるのだから、学校でも会いたいなんて言うのは贅沢なのだろう。
無理を言ったら、ただでさえ忙しい昂平に負担をかけるのはわかっている。
それでも、最後に研究室に来てくれたあのとき、居心地の悪そうにしていた背中が忘れられない。
嫌な思いをさせてしまったのではないか。
本当は、研究室にきて永瀬と寛ぐ時間を、昂平も楽しみにしてくれていたのではないか。
そう思うと、何故だかすごく焦りを感じるのだ。
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