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「先生?どうしました?借りる本はこれで終わりですか?」
昂平の後ろ姿を見つけて一瞬舞い上がった永瀬は、声をかける隙もなくその背中が去っていくのにがっくりと肩を落とした。
久しぶりに学内で見かけた昂平だった。
「いや…」
もうちょっと、と言いかけて、永瀬は、その学生…早川の両手に乗った本が山になりかかっていることに気づく。
「…ああ、うん、それで一旦研究室に戻るよ」
借りた本を、昂平と二人で半分ずつ持って、研究室まで歩く道すがら、他愛のない会話を楽しんだのはいつが最後だっただろう?
彼は、自分が本を持ちすぎると永瀬が気を使うということをよくわかっていて、いつでも本を全部持とうとしたりはしなかった。
あくまでも、半分。
押しつけすぎない優しさが、その距離感がとても心地いいひと。
このまま走って行って、あの背中を追いかけて抱きしめたくなる。
現実には、彼には一冊も本を持たせようとしない学生を後ろに従えて、きっと端から見たら随分人使いの荒い先生だと思われながら歩く永瀬がそこにいるのだが。
「先生、あの学生とどういう関係なんですか?」
突然、後ろをついてくる早川にそう訊かれ、永瀬は耽っていた物思いから引き戻された。
「あの学生?」
「さっきも図書館で見てましたよね?この前、研究室に来てたゼミ生でもない学生のことですよ」
明らかに昂平のことを言っているのはわかった。
さっき図書館で見ていたのまで気づかれていたとは。
「プライベートだから」
永瀬は、いつものほんわか笑顔でさらりとそう答えた。
彼は自分の誰よりも大切なひと。
そう答えたいのは山々だったが、以前あったように、昂平に危害が加えられるようなことになっても困るから、あえて明言は避ける。
それ以上踏み込むな、という拒絶の意味でもあったのだが、昨今の若者には、そういう回りくどい拒絶は通じないらしい。
「プライベートってことは、個人的な知り合いってことですか?親戚とか?地元が同じとか?」
あの学生、学部では見かけない顔だから、他学部ですよね?
グイグイ畳み込んでくる押しの強さが、 少し鼻につく。
永瀬に一冊も本を持たせようとしない「持ってやれば喜ぶだろう」という思い込みだけで行動することに共通する、相手の気持ちを推し量ることのできない幼稚さが滲み出ている。
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