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「ねえ、暦は何処かしら?」
その声に、両手と腹を使って抱えた数十冊の文庫本を棚の前に下ろす。
「まだ入荷していないですね」
「そう。今日は、何日かしら?」
痩せた首を傾げるのは、常連客である暦さんだ。鶯色のワンピースにグレーの洒落たカーディガンを羽織り、見た目は上品なご婦人然としている。
しかし暦さんの財布を見たことは一度もない。月に数度のペースで店にやってくれば同じ問い掛けを口にして去っていく。
名前も分からないので私はその会話の内容から安易に暦さんと命名した。
暦さんが求める暦は高島や神宮等の書籍として販売している物ではなく、一般的にカレンダーと呼ばれる物だ。
これも何度かのやり取りで判明したことである。
「暦は何処かしら?」
「あ、まだ入荷していなくて。こちらですよね」
「違うわ、暦よ、暦」
暦さんはその姿容と裏腹にこちらの話はほとんど聞いていないし決して意見を曲げることはない。初めて応対するスタッフは暦とカレンダーを結び付けずに会話をするので疑問符を飛ばしながら不毛な問答を繰り返す羽目になる。
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