明治弐年伍月一日

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「会津の松平公は頑張りましたね。」 春一番は、煙管をふうっと吐くと言った。 「ああ・・・俺が仙台で実にならない談判を続けている間中、鶴ケ丘のお城に籠って俺達が援軍を連れて来るのを待ってくれていたって言うじゃねえか。」 土方はそう言うと・・・静かに盃を口に運び・・・続けた。 「保成(保成峠=母成峠)で勝てなかったのが口惜しい。」 「俺は話でしか聞いちゃいないが、あちら(官軍)が2,600、会津500っていう酷い戦いだったそうじゃあねえか。」 「そう言ってくれるのは嬉しいがよ、悔しさは変わらねえや。」 土方はそう言って、片膝を立てると春一番に言った。 「近藤さんは、それでも敗軍の将として丁重な扱いを受けたと思っていたんだがなあ。」 土方は、話を近藤の件に戻すと春一番は言った。 「幽閉されていた豊田家近くの親類に養女にやられていたトミって言う七つくらいの女の子を可愛がっていたと聞いてます。 雨なんか降って、トミが来ない日にゃあ『今日も雨、トミ女ついに来ず』とか手帳に書いていたそうですぜ・・・。」 「近藤さんらしいや・・・。」 土方はそう言うと、言った。 「高札には酷え言いようで書かれていたらしいが。」 その言葉に、春一番は一瞬目を閉じたが・・・居住まいを正すと盃の中身をくいっと空けて言った。
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