明治弐年伍月一日

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その部隊だけは、他の前線から戻って来た部隊とは一際異なっていた。 この北の大地でも春の終わりを感じさせるこの季節・・・男が数日間目にした他の部隊はいかにも負け戦・・・という臭いを醸し出して、この箱館の街に舞い戻って来ていた。 しかし・・・この部隊だけは凛としてかつ悠々とし、先頭にはこれまた騎乗の凛とした洋装の指揮官を頂いていた。 その騎乗の指揮官のすぐ後ろを赤い段だらの縁取りがある「誠」と標された旗が続き・・・そして、「衝鋒隊」、「伝習士官隊」、「伝習歩兵隊」といった精鋭部隊の旗と、精悍な容姿をした兵士達が二列の渋滞で整斉と続いていた・・・。 男は、ここ大川から五稜郭へ向かう街道沿いの茶屋で茶碗酒を呑みながらその一隊が通り過ぎるのを眺めていた。 急に・・・先頭の馬が止まり・・・騎乗していた洋装の男が、茶碗酒を飲む着流しの男に声をかけた。 「失礼だが・・・春・・・さんで・・・。」 春さんと呼ばれた男は、茶碗を口元に移しかけるのを止めて馬上の男に答えた。 「久しぶりです・・・土方さん。」 そう呼ばれた馬上の指揮官、土方歳三は、後ろを振り返ると、春さんと呼ばれた男に言った。 「今晩、この通りの端にある「雪梅庵」という店に来てくれ・・・いろいろと聞きたいことがある。」 土方の言葉に、春さんと呼ばれた男は茶碗酒をくいっと煽ると頷いた・・・。 土方はその仕草に頷くと・・・まるで何事も無かったかのように部隊の先頭に馬を戻すと、五稜郭目指して馬を歩ませて行った・・・。
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