明治弐年伍月一日

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その言葉に春一番は盃の酒を喉に流し込むと答えた。 「安心して下さい、安らかに近藤先生の元へ行かれましたよ・・・。」 「そうかい・・・じゃあ、近藤先生も?」 「ああ、凛としてご立派な最期でしたよ・・・。」 春一番は、盃を置くと土方の顔を見て行った。しばし、沈黙が二人の間を流れた・・・。 「しかし、土方さんよくご存じで。」 春一番は、懐から刻みを取り出すと、灰皿に置いてある煙管に詰めながら言った。 「俺にだって耳は有らぁな、江戸・・・今は東京っていうのかい?その辺の話も入って来るさ。」 「そうですか。」 少し笑った様な・・・土方に、春一番は煙管に火を点けると答え・・・続けた。 「余計なことかもしれませんが、土方さんあんた此処を死処にするつもりで。」 「そう見えちまうかい?」 春一番の言葉に土方はそう言うと、手酌でもう一杯盃に酒を注ぐと、口元で止めたまま答えた。 春一番は、その言葉に煙管の煙をふうっと吐き出すと、少しばかり視線を外しながら言った。 「鳥羽伏見から戦い抜いた貴方だから、結末は見切っていると思ってね。」 「そうかい・・・。」 春一番の言葉に、土方はそれだけ言うと盃をくいっと煽った。 「ならば、俺にはなにも出来ねえな・・・。」 春一番がそう言うと、土方は口元で笑うと・・・右に置いた大刀を掴むと言った。 「近藤さんをああしちまったのは俺の不明だ・・・総司については春さん・・・あんたに看取ってもらってほっとしている。」 土方はそう言うと立ち上がり、大刀を腰に差すと言った。 「今から、部隊の一部をもって薩長の陣に夜襲を掛ける・・・今宵はここまでだ、また総司の最期の様子を教えてくれや。」 「ああ。」 春一番が答えると、土方は立ち上がり・・・春一番の背中でぼつりと言った。 「近藤さんは己の信念に殉じて逝った・・・俺も、あっちにいって近藤さんに笑われたくはねえよ。」 そう言うと、土方は襖を開けて廊下へと出た・・・春一番は振り返りもせず、銚子の酒を茶碗に移して煽った・・・。
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