明治弐年伍月一日

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その日の晩、刻限に少し遅れて土方が『雪梅庵』に現れた。 相変わらずの洋装軍服姿で、心なしか顔に疲れが見て取れた。 「大鳥さんも、気持ちは分かるがあれは無しだ・・・。」 春一番が注いだ酒を呑みながら土方は吐き捨てる様に言った。 「何かあったんで・・・?」 春一番は、のんびりと・・・煙管から紫煙を吐き出しながら言った。 「ああ、箱館の金持ちから軍資金を集めようって算段さ・・・。 前にもやったことはあるがあれっきりだって、何で分からないのか・・・次やったらお終いだって。」 土方はそう言うと盃の中身をくいっと空けた。 春一番は煙管を咥えたまま、片手で酌をして言った。 「で、結局は・・・?」 「榎本さんを巻き込んで何とか阻止したが・・・ここの民は俺達を嫌っているだろうな・・・。」 「そうですかい?」 「そうさ・・・俺達が来なければ平穏無事な生活だったさ、それを俺達が来ちまった為にこの町を戦場(いくさば)に変えようとしてる・・・。」 その言葉に春一番は頷くでもなく、目を閉じたまま土方の言葉を聞いていた。 土方は、しばし・・・天井を見詰めていたが・・・口調を柔らかくして春一番に言った。 「江・・・いや、東京はどうでえ・・・。」
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