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そんな話をしているうちに、目的地にたどり着いた。燐光虫が舞う森奥で、モンスターに襲われなかったのは運がいい。
たまにラプトルのものらしき荒々しい遠吠えが遠くから聞こえてくるくらいで、他には3人が歩く音と小鳥のさえずりが響く平和な旅路であった。
「…あれは…?」
ティナが前方を見ながら言った。
3人の前方は岩盤の露出した崖が日陰を作っており、幻想的な森の景色が一転して少々不気味な雰囲気を醸し出していた。
さらに注目すべきは、その崖の中に鳥居のような建造物の跡が見られることだ。そしてそれは崖の中へ続いており洞窟になっていた。
もともとは木造の建造物があったのであろう、その骨格がうっすら見えるように木々の根が生い茂っている。
不思議なことに、洞窟の入口前にある鳥居は鳥居と見て取れるほどの形状を保っている。洞窟の方へ目を向ければ、何百年どころではない年月が経って見える。鳥居だけ作り直したのだろうか。
「こんなところに建物…?ここまで奥には来たこと無かったから俺も初めて見るな…」
腕を組んで頬杖をつき、カイアも首を傾げる。
辺りは手付かずの森といった状態で、ここにたどり着くまでにも道のようなものは用意されていなかった。
「これは……遺跡…かもしれませんね。」
ティナも考え込んだ様子だ。
この世界の遺跡は特殊だ。遺跡というと、現代とは異なる古代文明の遺産建造物のことを指すのは同じだ。
しかし、その古代文明というのが現代とは異なる技術を用いて機械的な文明にまで発展していたことが分かっているのだ。なんなら現代の技術よりも進化したSFチックなシロモノかもしれない。
そして、そんなメカメカしい遺跡が、世界各地で幾つも発見されている。
付近に一切現人類との関わりを有している痕跡がないあたり、なんだかこの建物も古代文明のもののような気がしてくる。
しかし、有名な古代文明の遺産は鉱物・金属質の建築物で、宇宙を舞台にした作品の施設内のようなメカメカしい内装をしているのが定石である。
木造のような古臭い古代文明など聞いたことが無い。
「遺跡は遺跡でもよく聞く古代文明のものでは無いんじゃないですかね?こんなしょぼくれた遺跡なんて聞いたことありませんよ。」
カイアはティナに向かって言った。
「そう…ですね。しかし、万が一のことがありますのでこの事はギルドまで報告させていただきますね。」
ティナはスマホで写真や現在地の記録を取っている。
古代文明の遺跡であった場合、1つ重要な要素があるのだ。現在見つかっている古代文明の遺跡は、異常なまでのミスト反応を示し、“中には何かがある”非常に危険な場所なのである。
調査に向かった者が不可解な事故に遭うのは珍しい事ではなく、世界各地の遺跡においても、財宝などを目当てにした探索はすっかり行われなくなってしまっている。
不明のまま放っておく訳にも行かず、一応狩人のギルドでは遺跡についても情報の整理を行っているのだ。
「狩人」と一口に言ってもその仕事は戦闘ばかりではなく、探検家、軍人、研究者の総合職とでも言うべきものなのである。
もっとも、ティナはほぼほぼ「殺し屋」のようなものなのだが。
「そんなもん見てる場合じゃないでしょ。ナンシーちゃんのこと忘れた?」
カルナがムスッとした顔で言った。
知的好奇心の湧いてくるところではあるが、確かに今はこれに構っている暇はない。
「あ、いや……ここに最後の魔法陣があるはずなんだ。ちょっと待ってよ。」
カイアは右手を差し出し、浅葱色の魔方陣、「竜神の眼」を展開する。
指の先端を中心に展開された魔法陣をぐるりと回しあたりを見る。
すると、洞窟のある崖沿いの大木の根元に、標的はあった。
「あそこだ!」
カイアは反応のあった木の元まで走る。
大木の前まで着き、その裏まで回りこもうとしたその時ーー!
木の裏から突然、青みを帯びた閃光が迸った。
一行は思わず手で目を塞ぎ、カイアは反射的に大きく後ろへ飛び退いた。
「っ……!!」
目を開けると、そこには頭から背中まで薄緑の鬣を生やした、巨大な蛇が円を描いてとぐろを巻こうとしていた。
「ミズチ……!!」
カイアは腰を落とした姿勢のまま、目前の大蛇をにらみつけた。
「貴様ら……幾度となく忠告をしてやったにも関わらず……愚かなものよ!!」
ミズチは鎌首をもたげ、舌を出し入れしながら一行を見下ろす。
「そのような姿で言われても説得力がありませんね……」
ティナは鋭い目でミズチを見上げて言った。
ミズチの体は既に傷だらけで、余程鋭い刃物で切られたのか、スッパリと鱗肌が裂けた切り傷が至る所にある。鎌首もたげた首の腹側には、まるで巨大な獣に引っかかれたような三本の抉り傷が並行に走っている。
「……私に言えないようなことをこの街でしていたのは貴方です。先程の言葉、そっくりそのままお返しします。」
追い詰められすでに傷だらけとなった蛇を姿見てか、ティナは余裕の表情で言い放った。
「…!ナンシーちゃんは?!」
カルナは柄にもなく大声で叫んだ。
そうだ。こいつはナンシーと一騎打ちをしていたのだ。
「ナンシー……?あぁ、あの小娘…。ふん、貴様らにもう一度言ってやろう、愚か者とな。」
ミズチは嘲笑うように首を伸ばして言った。
「……!!まさか!」
カルナは叫ぶ。
「いいえ、その可能性は低いでしょう。」
ティナが言い切った。
「そうだな。ナンシーさんを倒したなら、わざわざティナさんなんて強敵敵がいるこのポイントになんて来ないはずだ。それにこんな短時間で合流してきたシュウ達まで全滅させたとは考えにくい。…となれば、逃げてきた可能性が最も高いわけだ。」
カイアもしたり顔で続けた。
「大口叩いていられるのも今のうちです。覚悟してください!」
ティナは膝を落として低く構え、右手を腰から離して広げる。
右手のひらあたりがぱっと光を放ち、光が消えると手には白く長い槍が握られていた。
槍は先端に薄いナイフ状の刃が両側に取り付けられ、突く物というよりかはジャベリンのような切り裂く武器の形状だ。反対側には翼を広げた鳥を模した、金色の装飾が目を引く。
ミズチはグルルルと喉を鳴らし、半開きの口から舌を出し入れしている。
怒り狂っているというよりかは、痛みを堪えきれずにいるように見える。その実、首の傷は特に深そうで、会話のさなかにも血がしたり続けていた。………もしかして放っておいてもコイツは…
「ふん、耳も目も節穴の愚か者共めが……貴様ら如きに邪魔をされたのは些か遺憾である。約束通り、1人でもこの腹に納めてやろう…!」
とぐろを解いてさらに背伸びをし、周りの木々の樹冠に届かん高さまで首を持ち上げると、それを振り下ろすように前のめりになって威嚇する。
「いざ!」
ティナは叫ぶと同時に、ミズチ目掛けて勢いよく駆け出した。
学生2名も思い出したように慌てて武器を執る。
ティナは足場の悪い林内にも関わらず、凄まじい速さでミズチに接近する。
走りながら槍を脇の真横に添えて、力を込めた。
ミズチもすかさず霧のような白いブレスを吐き出すが、ティナは素早い左右への幅跳びでこれをかいくぐった。
周囲は苔むした岩が点在し、木の根も地面から複数張り出している。こんな場所で木にもぶつかること無く反復横跳びをするなど、超人技以外の何物でもない。
ミズチの目前3mでティナは飛び上がり、喉元目がけて構えた槍を突き出した。
鬣がふさりと揺れ、その巨体からは想像出来ないスピードでミズチは槍を回避した。
「……さて!」
リング状の虹彩をした黒っぽい目が、呆気に取られる高校生2人の方をギョロリと睨みつけた。
2人がはっとしたその瞬間、ミズチは身を翻して滑り込むように2人へ突進したのだった。
小刻みに蛇行しながら、大木の幹ほどもある巨大な蛇があんぐりと口を開けて突き進んでくる。その動作は非常に素早く、正面から迫り来る様子を目の当たりにするのはまさに恐怖と呼ぶに相応しい。
「…!!皆さん!回避を!ーーー」
ティナの落ち着いた高い声が、森にこだました。
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