なりたい、背中。

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「そうかもしれない。たしかに、俺と(りく)は、世界が違う。俺がまだ親に甘えてる段階で、(りく)はもう、親のためにって、自分の将来選んでた。すごいことだよ。思ってたって、なかなかできることじゃない。だけど、(りく)はそういう人だから。自分がこうだって思ったら、誰になに言われても変えない。いつだって、自分の決断を信じて、揺らがず、まっすぐ進んでく。俺は、そんな(りく)と友だちだってことが、いつだって一番自慢だった」  (れん)は、視線を床に落としたまま、何も言わない。苦虫を噛み潰したような表情だけを、宙に浮かべている。 「(れん)。俺、(れん)がどうして俺と仲良くしてくれてたか、知ってるんだ」  (かける)がそう言うと、(れん)はようやく視線を上げた。  少し寂しげな笑顔を、(かける)(れん)へ向けた。 「(れん)が、インスタに初めて俺とのツーショット載せたとき。フォロワーが、千人くらい一気に増えたんだってね」  ぎくり、と音が漏れそうなくらい、(れん)は怯えたように肩を揺らした。 「俺をインスタに載せると、フォロワーが増えるって。だから、俺とは定期的にご飯行くことにしたって。他のモデル仲間にそう言ってたの、知ってるんだ」  (れん)は、忌々しそうに唇を噛んだ。 「だけど、俺、(れん)のこと元々知ってて。俺みたいに、誰かの紹介とかじゃなくて、きちんとオーディション受けて、事務所入って。人並外れて努力してること、知ってた。それを見せびらかすこともしないで、陰で努力して、自分のやりたいことやって、すごいなって。本当に、そう思ってた。(れん)が俺をどう思っても、俺は(れん)を尊敬してたから。だから、どんなかたちであれ、仲良くしてもらえてうれしいなって。そう思ってた」  だけど、と、声のトーンを落として、(かける)は続けた。 「申し訳ないけど、(りく)のこと悪く言われてまで、(れん)と仲良くしたいとは思わない。悪いけど、そこまでじゃない。もう、一緒にはいられない。(れん)のこと、本当に嫌いになってしまう前に、俺は、(れん)から離れたい」  そう言って、(れん)を追い越すと、(かける)はドアのほうへ向かった。  (れん)が、はっと我に返ったように、(かける)を振り返る。焦燥や、後悔、懺悔。いろんな感情を声に滲ませて、(れん)は叫んだ。 「待てよっ、(かける)。俺っ――」 「(れん)」  ドアノブに手をかけて、(かける)は振り向いた。 「今まで、仲良くしてくれて、ありがと」  そう言い残して、静かに控え室を出た。    二十時近くのケーキ屋の前は、ひっそりとしていた。考えてみれば、こんな時間にケーキを買おうとする客も少ないだろう。店内から漏れる煌々(こうこう)とした灯りだけが、辛うじて店の存在感を放っていた。  ケーキ屋から数メートル離れたところで、一旦立ち止まる。そして、ほぼ迷いもなく、入口へと足を進めた。  ガラス扉から覗く店内は、やはり閑古鳥が鳴いていた。金のメッキが少し剥がれたドアノブを引くと、カラン、コロン、と、真鍮でできたドアベルが鳴る。  しばらくして、厨房から現れたのは、なんとなく(かける)が予想していた人物だった。
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