芸術家

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そうじゃないんだ。わかっておくれ。俺はまだまだなんだ。そこまで高いところまで来ていない。 たしかにお金に困ってはいる。だからといって、魂を売ったりしない。俺は自分のために作ってるんだ。だから誤解しないでくれ。俺は芸術家であって、商人ではないんだ。 たしかに俺は皿を売った。それは俺が特に気に入っていた品物だ。濃い藍色の平皿で花柄が縁に入っているものだ。俺はそれを作るために、一夏をかけた。毎日試行錯誤してできたものだ。俺の苦労は並大抵のものではない。自分で言うとなんだかそらぞらしく聞こえるかもしれないが、俺は一度走り出すと止まらない、機関車のように突っ走るんだ。 「おっちゃん、もうやめたら」嫁が俺に声をかける。俺は嫁の方にちらりと目をやり、首を振る。 「どうすんの、それ。また、出来ても壊すんやろ。もったいない」嫁はそう言ってどこかに去っていく。俺は皿に絵付けをしていた。花を描く。なるべく主張しすぎないように、でも出来るだけ美しく見えるように。相矛盾することをその皿に込める。だからこそなかなか完成しないのだ。 皿が主役ではない。皿は脇役だ。キラリと光る名脇役でなければならない。主役は盛り付けられた料理だ。その一線を超えてはならない。だが脇役だからといって、中途半端なことをすることは許されない。魂が抜けたような皿を作るぐらいなら、そもそも作らない方が、世のため人のため家族のためだ。 だから俺が納得して「よし、これでいい」と嫁に言ったとき、嫁はびっくりしていた。 「おっちゃん、ほんまにそれでいいん?やっぱりなしはあかんで」嫁は笑顔でそういった。 「これ、売るかもしれん」俺はその皿を光にかざしながら模様の色具合を見ていた。薄いピンクの強すぎないいい色のように思えた。 「売るの?どうやって?」嫁は信じられないといった顔をした。 「試しだ。俺の感覚と世の中の感覚がどれだけずれているのか確認したい」
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