トムとジェリー

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「あれ、またいる」 痩せたキジトラの猫が、民家の庭から塀の上にひょいと上がったところで目が合った。すぐに目を逸らされ、たたたと猫は走り去る。 「ああ、ジェリーじゃん」 一緒に歩いていた、同僚の太田が言う。 「ジェリー?名前あるのか」 「いや、勝手に呼んでるだけ。あいつ、よく根津のばあさんに追いかけられてただろ。だから、トムとジェリーのジェリー」 太田の言葉に思わず苦笑する。確かに、庭から飛び出してくる猫の姿と、怒鳴りながらそれを追う根津のばあさんを見たことがあった。 「トムとジェリーは逆だけどな」 猫のトムに追いかけられる、ネズミのジェリー。 もっとも、いつもジェリーに逃げ切られるところは、根津のばあさんも同じかもしれないなと思った。 根津のばあさんは、この家に1人で暮らしていた。身寄りはなく近所づきあいも嫌い、気難しいと評判だった。 ジェリーのような野良猫が庭に入ると追いかけ回して追い出した。相手が人間でも容赦なく、野良猫にエサでも与えようものなら「食ったら出しちまうだろ、クソの始末もしないくせに余計なことするんじゃないよ!」と怒鳴られた。 そんなばあさんが庭で倒れているのを、郵便配達の人が見つけたのは先週のことだ。すぐに救急車で病院へ運ばれ、そのまま入院した。 意識を取り戻したあと、「余計なことしやがって、あのまま死んだほうがよかったのに」と弱々しく悪態をついたというから相当なものだ。 ジェリーは、毎日ばあさんの家に来ているようだった。庭から出てきて塀の上を歩き去っていく姿を何度も見た。 糞の被害をばあさんは訴えていたらしいから、もしかしたらこの家の庭をトイレにしているのかもしれないと思った。ばあさんの不在で追い出されることがなくなって、のびのびと用を足しているのだろうか。 根津のばあさんは、結局そのまま家に帰ってくることなく、死んだ。 身寄りもなく引き取り手がいなかったので、役場で火葬を引き受けた。
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