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「事故だ……」
そう呟きながら、暖房を入れたての肌寒い更衣室で、濡れたギャルソンの服を脱ぎ、借りたフェイスタオルで体をざっと拭く。
同時に、叩かれた頬をビニール袋に入れた氷で冷やした。
時間は、まだ朝の5時30分。
男に『キス』された……いや、触れただけであれは事故だ。
全部、忘れよう。
それにしても、学校が始まるまでだいぶ時間があるな。
こんな日に限って、ヘアワックスも家に置いてきたし……
何しろこんな腫れた顔で、学校行く気分じゃない。
今日は、休んじゃおうかな……
そう思いながら、社員出口より高校の制服姿で外へ出る。
すぐ脇に停めてあったマイ自転車の鍵を解錠した。
「おい」
不意に後ろから声をかけられ、ゆっくりそちらを振り向くと先程の背の高い男が立っていた。
……どうして従業員用の裏口を知ってるんだ?
内心、面倒くさいなぁなんて思ってしまう。
「……先程のことは、口外致しませんのでご安心を」
咄嗟に笑顔を作った俺は、バイトの延長で神店員対応をする。
うちの店は、高級店だけあり如何なる時も接遇には厳しいのだ。
先程、男の盾になり水をかぶったのも、実は店長の行き過ぎた接遇指導の賜物であったりする。
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