旅の栞について

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「僕は、この旅で独りになりたかったんです。喧噪から逃げるわけではなく、自由を得たいのでもなくて。路地裏みたいな孤独じゃあなくて、ただただ心地良い《純粋な孤独》を求めて。知り合いが皆無である地へ旅に出たいと思って、この京都へ来ることを選んだんです」  歴史という概念は、その《純粋な孤独》に限りなく近いと感じる。人も物も灰塵となって、それでも残るものがあるからだ。それは故人の《想い》とか《美》とか、そんな詩の一節のようなものたちだが、そんな詩的な――あるいは私的な――京都に憧れたのだ。  伝わるかどうか不安だったが、そんな考えを丁寧に語った。ヒバリさんは僕の言葉を咀嚼し、ゆっくり呑み込み口を開いた。 「旅をする人ってさ、皆が何かを求めているんじゃあないかな。つまり、満たされていないから旅に出るのかも」  言ってから、手に持ったままの文庫本に目をやりつつ再び考え込み、少しして微笑んだ。 「私の話をしましょう。私はいわゆるバックパッカーで、基本的に海外を旅している。ただ夏のこの時期だけは、帰郷ついでに日本の名所を訪れるようにしているわ。去年は栃木、今年は京都、来年は福島へ行こうと思っているの。被災地の現状については、まさに百聞は一見に如かずだと思うから」  そこで一度、首を傾げた。話が逸れていると気付いたらしい。 「ともかく、一年の多くは海外で過ごしているの。何故かというと、日本国内では何か一つ足りないから。一つというのが、肝要なのよ。そのたった一つが分からないの。私ではなくても、家族や仕事、絶景を求めて旅をする人はごまんといる。例えば、オーストラリアで会った別の旅人は何て言ったと思う?」  ツバメさんはそこで、ふふふ、と笑った。その笑い方には、子供が吹く口笛に似た可愛らしさがあった。 「『私は、まだお目に掛かったことのない美女という生き物を探している』って、真面目な顔で言ったのよ。笑ってしまうような答えだけれど、私にも思うところがあったわ。私も、日本では不満足な『何か』を求めている。それは愛や恋人のような、冗談交じりの答えかもしれない。それでも私は、その冗談の本質を知りたいの」 その『何か』は、きっとツバメさん自身にしか見つけられないのだ、と僕は思った。
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