旅の栞について

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「『何か』はもしかしたら、運命の相手かもしれない訳ですね」 「恋人ね……自動販売機で買えないかな?」 「百円ショップで買えますよ。赤い糸くらいなら」  ふざけた掛け合いに二人とも笑った。滞らない会話と掴みどころのない内容。やはりこの林の中には現実感が決定的に、絶対的に欠けている。それは恐ろしいことであり、しかし素敵だとも柄にもなく感じてしまった。どこまでも、不思議だ。  しばらく僕は人々を観察し、彼女は読書に耽った。  やがて、栞を職人のように優しく挟み、本をぱたん、と閉じてツバメさんは提案した。 「哲学しましょうか」  僕に、断る理由はなかった。    《哲学の道》と聞いてどれほど奇妙な道かと想像していると、何てことはない、見過ごすような小さな入口が僕らを迎えた。  水路閣から、歴史を蓄えた民家群を北へ過ぎて、ツバメさんの案内のままに、その哲学の道へ向かった。後に調べたところによると、とある近代の哲学者が思案を巡らして通ったことを由来とする道らしい。並び立つ緑に満ち溢れており、春には、並び立つ桜がとても良く映えそうな道だった。すぐ隣を流れてゆくのは琵琶湖疎水で、そのまま僕らと入れ違って水路閣へ向かうに違いない。 「絵画の中みたいに、綺麗な小路だ」 「一点透視図法みたいだよね。どこまでも、永遠に続いていく」  『永遠』という言葉は水路閣にも通じ、僕の《純粋な孤独》へ、さらに澄んだ色を与える気がした。
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