0人が本棚に入れています
本棚に追加
道の途中では、様々な人を見た。外国人観光客も多い。雑談を交わしながら軽快に進んでいくグループや、虚空に穴を開けるほど睨みを利かせて歩いている人もいた。
心に残ったのは、水路の上に懸った通路に座り込んでいた、鉛筆デッサンをする七十代くらいのおじいさんだ。覗かれることを前提とした無防備な背中で、実際に覗くとその絵には未知の魅力を表す奥行きがあった。さらに細部の葉まで、丁寧に描き込んである。
「いつもここで描いているんですか」
ツバメさんは、人見知りというものを欠片も知らずに堂々と、その老人へ尋ねた。
「京都中を回っとる。何カ月も懸けて上から下へ、鉛筆と紙だけで描いていくんや。まあ、夜にはうちへ帰るんやけどな。それで一周したら、もう一遍描く」
そこで一拍置き、おじいさんはにやりと笑った。
「せやけど不思議なことに、次見たときには全く別物やねん。京都が形を変えて、違う絵を儂に見せてくれる。おかげで、やめることなんぞできへんのよ」
親友について語る如く、嬉しそうな顔だった。そのまま、ははは、と人の良い笑顔で言った。
「飽きねえなあ、この街は」
意外と道程は長い。
視界の端を猫が通ったようだ、とそちらに目を向ければ既に、影も形も消え去っていた。隠れたとも思えず一瞬驚いたが、同時にそれさえもありうることだと納得している。
現実感はまだ戻ってこない。
「ヒバリくんは、親友っている?」
「一応、いますよ。今は、山に籠ってキャンプしているらしいです。『俺は虎になる』とか言っていましたね」
「大物になれると良いねえ」
彼女は学校生活や将来について尋ね、僕はそれに当たり障りのない答えを返した。それよりは、僕がツバメさんのことについて知りたかった。
「ツバメさんの親友はどうなんですか?」
会話の隙間を埋めるようにこちらも尋ねた。微かに遠くへ視線をやってから、返答があった。
「ずっと旅の最中だから。友人は多いけれど、親友はいないわね。それよりはもっと、遠い関係でもいいんじゃあない?」
僕はのどまで言葉を引き出して、発するのをやめた。ツバメさんは、無意識的にだろうが、過去を語ろうとしていない。
仕事はしているか否か、初旅の話など聞きたいことはあるが、彼女は語らない気がした。
しばしの間、沈黙が僕らと同じ速さで流れていた。
「たとえば、私が、遠い星から来た異星人だと名乗ったら信じるかな」
最初のコメントを投稿しよう!