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「なんだ、来たのはこんだけか。いつもはもっともっと沢山来ているはずなのにな」
高滝は手のひらで合図してに座るように促し、中田は座敷の掘りごたつに脚を入れた。中田は親睦を深める為に飲み会を開いたのだが、高滝から課の大多数人数が断られましたと聞かされた時は結構ショックを受けた。大きな個室を予約したのに少数の人数しかいないので寂しい雰囲気が強調される。
「猿渡さんがいるいないとでは飲み会の参加人数にも影響しますよ」
中田は下唇を噛みたくなったが流石にこの場の席では我慢して務めて笑顔を心掛けた。
「少ない人数でも大丈夫だ。はじめようとするか」
中田の乾杯の音頭で飲み会をはじまったがすぐにお通夜のように静まりかえってしまった。
いつも盛り上げ役を買って出ていたのが猿渡で彼がいないとひたすら出てきたコースの料理を食べる音、ビールの飲む喉越し音、スプーンやフォークがお皿に当たる音だけが周りから聞こえてきた。
たまに高滝が話題を振ってくれるがそれに答えるとまた話がなくなり、場がすぐに静まりかえってしまった。
周りの人間から早く帰りたいといった雰囲気を露骨に顔を出しているのがなんとなくわかったのでその空気を変えたいと中田は何か気をひくことを考えてみたが何も浮かばなかった。
そもそも若い連中が何に興味を持っているのかわからない。それならと仕事の事で胸に突き刺さる言葉も発することも出来そうもない。何も浮かばないのだから万策尽きているのは仕方がなかった。中田が出来ることと言えば部下達より飲み代を多く出すことぐらいしかなかった。
早めに飲み会をお開きにして解散した。
帰りの電車の中で猿渡がいた時の飲み会を振り返ってみた。
彼は常に周りを気遣って率先して注文をとり配慮を万全として話題は仕事の話題の他に今流行りの話題を取り入れてなおかつ誰もついていけるように丁度いい按配で周りに話題を振ったりして周りを飽きさせることがなかった。ただ中だるみしないように要所、要所では仕事や会社に対するこれからの方向性を熱く語ったりした。飲み会が終わる頃には皆、連帯感を高め、心理的距離を縮まるようになっていた。中田はそのような振る舞いが自分には出来ないことに対する苛立ちと改めて自分の職場にいたとんでもない人間を失った喪失感にうち轢かれることになった。
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