苦渋

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中田(なかた)秀俊(ひでとし)は朝からこのような惨い仕打ちを受けることになるとは先月までは思いもよらないことであった。 いつも通り朝9時に出社して自分の荷物を仕舞い、席に腰を降ろそうとすると突然目の前に手のひらが現れた。横を見ると総務課の西岡 よし子がいる。中田は座るのを制止され、「部長、すぐに社長室へ行って下さい。社長がお待ちです」と言われた。何かやらかしたのかなと頭を張り巡らしてみたが何も浮かばないのだが嫌な予感だけが頭をよぎった。不安と共に社長室に向かった。 社長室にノックして入ると腕組みしながら仏頂面の社長が大分前から自分を待っていた様子でお客さま用ソファーに座っていた。 中田は嫌な予感が的中したと思った時にはすでに社長の鋭い目つき、ドスの聞いた低い声、強い口調、テーブルを叩く轟音で罵倒されていた。 罵倒の内容はある程度予想されたもので課の契約数が先月や前年比と比べ、極端に低下したことにたいしてだ。その他のことは明らかに契約件数の低下の理由として後付けされたことであり営業課に蔓延している怠惰さと無気力化、指導者としてのやる気の良し悪しの有無など被告人尋問のように追及され続けた。厳しい苦言の返答を促されるたびに中田は必死に頭を下げた。 その俯き姿勢のままにいる中田は徐々にやり場のない怒り、どうすることの出来ない不甲斐なさ、誰かに責任を転嫁したくても出来ないもどかしさが頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。丁度1カ月前は同じ人間から営業課で前年度契約件数を最高記録を更新したことに関して賞状と両手での強い握手を受けた時とは雲泥の変わりようだった。このような扱いの違いに驚いたのは中田自身なのだが、それは先月までいた猿渡(さるわたり) 貴志(たかし)という1人の社員が辞めたことで営業課の成績が一瞬で不振に陥ってしまうことに想像力を働かせることが出来なかったことにある。
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