説得

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説得

「俺は猿渡に強く言い過ぎてしまったんだ、決して憎くて言った訳ではないんだ」 「何を今更言っているんですか。もう、遅いですよ。猿渡は辞めてしまいましたから」 ズルズル~。 高滝は中田部長の後悔の念を聴きながら、敷居が高く普段は入れない高級な蕎麦を遠慮なく啜っていた。ここの蕎麦屋は地元では古くから有名でお昼時にはお客さんで席がぎっしりうまっている。厨房付近ではおばさん店員がおぼんに料理を載せて行ったり、来たりしている。 開口一番に中田が高滝に出た言葉は退職した猿渡を説得してまた会社に戻って来るようにしてほしいと言うことだった。 高滝はそんなの無理だと思った。 高滝は状況は理解していた。普段は温厚にみせているが少しでもミスがあると説教するのが中田部長の癖であり、説教が始まると1時間でも2時間でも時間が許す限りコツコツと念入りに責める。彼の説教を聞いて辞職を考えた人間は数えきれない。猿渡もその1人だった。 だが猿渡はその中では特別な存在だった。 営業成績はダントツトップで会社の契約件数の記録更新を繰り返し、居れば必ず周りに人が集まってくる人望の高さと悩みを抱えている人に対しては何時間でも聞く懐の深さ、常に新しいアイディアを考え出し、職場の問題点を見つけ出し、改善案を繰り返すことが出来る頭の回転の早さと実行力がある営業課の中心人物であった。その人間が辞めてしまえば営業課は立ちいかなくなるほどの危機的状況になってしまうのは火を見るより明らかだった。
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