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『まだ離れたくないと聞かないんだ』
それから幾度も空き地へと通ったが、咲と会えないまま時間だけが過ぎていく。
会えなくなってどれくらい経っただろう…だいたい2ヶ月か。こんなにも突然別れがくるなんて、一体誰が想像できただろう。
できればもう少し予兆が欲しかったし、理由を聞きたかった。
何度思い返しても記憶の中の咲は笑顔のままで、真っ直ぐで、純粋で…突然いなくなる様な素振りなんて少しもしていないのが逆に苦しい…
あの時曲を書かずにいたらこんな事にはならなかったのかな…これが小説なら読者も驚く終わり方だし、見直した作者が焦る展開、、、だなんて、冗談を挟まないとやっていられなかった。
もしかすると、咲と過ごした時間自体が、全て自分の妄想だったのかとすら思えてくる。
自分の悩みを解決したいが為に生み出した記憶で…って、そんな訳ないのに現実逃避。
辺りが夜の静けさに包まれる中、自分は未だ咲に逢う事を諦めきれず、呆然と木の傍にいる。
相変わらず月明かりだけがこの場所を照らしていて、木はまるでステージ上の主役の様に輝いているのに、その横の自分はとてもちっぽけで、まるで捨てられた犬の様に膝を抱えて待ち続けていた。
秋風の冷たさが身に沁み、諦めの悪い自分に対してまた嫌気がさしてしまう。
このままではまた迷ってしまいそうだ…かじかむ指先にハァっと白い息を吐きながら、どこかにヒントはないかと二人の時間を思い返す。
「今どこにいるんだろ…元気にしてるのかな」
「こんな事なら連絡先聞いとけば良かった…必ずいるもんだから今まで気付かなかったや…」
「どんな関係でも別れの挨拶くらいはあると思って油断したなー」
「……よく考えたら無事じゃなきゃ挨拶もできないか。やらかした…」
「…こんなに寂しくなるなんて」
「………逢いたいな」
その場にあるのは木だけ。返事がくるわけもなく、余計に虚しさが残ってしまった。
これだけ待っても来ないのなら、もう逢う事は無理だろう…心のどこかで気付いてはいるのに。
「っ…」
いつまでも待ち続ける自分の情けなさと寂しさから、ついに後悔の念が涙になって溢れ出してくる。
せめて感謝の気持ちだけでも伝えたいのに手紙すら書けない。行き場を無くした想いがポロポロと頬を濡らしていく。
『自分がもう少し咲の話しを聞いていれば、離れる事もなかったんじゃないか。
自分が異変に気付けていれば、こんな終わり方にはならなかったんじゃないか。
自分がもっと強ければ、咲は頼ってくれたんじゃないか。』
ダラダラと溢れる後悔。
泣いてしまうと別れが確定してしまう様な気がして、日々泣かない努力をしていた。
今となっても諦めたくない自分のせいで、声を押し殺して泣くのが精一杯だけど、そんな努力すら無駄だって事はもう悟っているんだ。
「でもまだ約束、果たせてないんだよな……」
今にも心が潰れてしまいそうで、誰にも言えない胸の内をひたすら木に吐き捨てていく。そしてまたも執着に囚われて道を見失いそうな事に気付いてしまった。
慌ててブンブンと首を振り、両手で強く頬を叩くと、少しでも前向きになるよう上を向いて、無数の星を視界に入れた。
近くに建造物がないせいか、都会でも広い空を感じる事ができ、キラキラと光るそれらを見ながら咲がどうしたかを予想し始める。
突然の転勤。突然の引っ越し。突然の大恋愛。
咲が此処へ来れないのは、けして不運の別れではなく、やむを得ない理由であってほしい自分がいる。
友人としてそれは応援したいし、またどこかで逢って笑い合えれば、今がこれだけ辛くても良いと思った。
しかしそんな事を考えていると、ふと一つのやりとりを思い出してしまうんだ、、、
ーー・・・
その日は予定外の仕事が入り、いつも咲と会う時間よりも遥かにオーバーしている。
流石にもう帰っているだろう…そう思うも、もしもを考えて空き地の方へと向かった。
ようやく着いた空き地は珍しく月明かりもなく、辺りの暗さは一瞬入ることを躊躇う程。
『咲がいない事を確かめたら帰ろう』
そう考えながら一気に丘を駆け上がると、木の横に小さく屈む影を見付けた。
本当にいた事に驚きつつ、おーいと手を振り近寄ってソッと声をかけてみる。
「咲…?」
「……」
返事がない。暗がりでは特徴的な髪色にも自信が持てず、これが人違いだったら…とビクビクしながらもう一度声をかけてみる。
「あの、咲だよね…?」
「…違います」
「えっ」
「なあああああんてね!!!」
「!!!!」
勢いよく立ち上がる姿に驚き、またもビクッと肩を揺らすも、見慣れた笑顔とその声から、自分の中で不安が徐々に安心へと変わっていくのがわかる。
「ばっか…そりゃ驚くだろぉぉぉ」
「はは、ごめんね、つい!」
溜息をついて頭を抱えていると、咲は細い腕を首に回して様子を伺ってきた。
まるで恋人にでもなった様な距離感…視線は行き場をなくして泳ぎだす。
「ごめんね?怒ってる?」
「…怒ってない」
「それなら良かった…!」
「まったく…それより何でまだいるの?一人でいたら危ないよ」
「薫が来る気がしたの」
「…それだけ?」
「うん!」
自分の為だと言われて悪い気はしないが、心配でならない返答に再び溜息が溢れる。
人の心配をよそに、咲は「やっぱり薫は来てくれた」と無邪気な笑顔を見せてきた。
いつも思い掛けない行動をし、予期せぬ事を言ってくる…それが咲だ。
だからきっと今回も…いや、そんな都合の良い解釈をするのは辞めた。
「咲は人を傷付けるようなやり方はしないもんな…」
彼女の優し過ぎる性格が、こんな形で期待を裏切ってくるなんて…やはりもう逢う事はできないのだろうか。
溢れでる涙は、既に抑えがきかなくなっていた。
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