『僕はまだ君に...』

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『僕はまだ君に...』

立ち尽くして泣く事しかできなかった自分の前で、突然木が煌々と光り出した。 それは月明かりなどではなく、まるでかぐや姫を連想させる様な温かい光… 『もう一度逢いたい』その願いがまさかこんな形で叶うなんて。 そこには自分が求め続ける姿があった。 「薫…!」 「…咲…?」 「……ははは、薫だっ」 いつもと変わらない様子で悪戯に笑う咲。しかしその瞳は赤く腫れていて、寸前まで泣いていた事がわかる。 そして情けない事にそれは自分も同じで…慌てて服の裾で涙を拭うも、きっと咲にはばれている。 そしてこの現実味のない現状について、脳が必死に整理を始めた。 「咲…えっと、どうして…?」 「ごめんね薫、突然消えたりして…ずっと傍にはいたんだけど…」 傍にいたとはいつからだろう…一瞬表情を曇らせる咲を見て、泣いていた事に気付かれているのは確かなようだ。 情けなさや恥ずかしさで戸惑いながらも、未だ頬を濡らし続ける彼女の傍へ行き、手の平で相手の頬から涙を拭う。 「…咲は大丈夫なの?」 「全っ然大丈夫!ずっと薫に会いたかった…!」 彼女がパッと柔らかい笑顔を見せると、瞼に押し上げられた大粒の雫がまたポロポロと溢れ落ちていく。 その光景を見て、咲が自分に大きな嘘を吐いてる事にも気付いてしまった。 涙の落ちる先にある、強く握った小さな手…その奥の胸には会えなかった理由や、抱え切れない様な現実が隠されているのだと思う。 それでもひたすら笑顔で話しかけてくる彼女から、自分がそれを察する事を望んでいない事もわかった。 助けなど求めず、弱音も吐かないつもりなのだろう…だけどそれに気付いて見ないふりなんて、無理に決まってる、、、 「…ねぇ咲」 「薫!!」 行き場をなくした言葉が喉に詰まる。突然の大きな声にキョトンと目を丸くする自分の前へ、咲の白く細い指先がスッと向けられた。 「は、い…?」 「ごめんね…話したい事はたくさんあるけど、先に約束を果たしてほしいんだ…」 自分も咲に言いたい事がたくさんある。 今すぐにしたい事もあるし、きっと今しかできない事がたくさんある。 だけどそのどれよりも、今咲が求める事をしなければいけない気がした。 「ずるいなぁ…咲」 「ごめん…」 「…笑わないで聴いてよ」 「!!…笑うわけないよ!ありがとうっ!」 「…あー、やっぱり恥ずかしい!背中向けさせて!」 「ははっ、いいよ、全然楽にして!」 「ありがと…」 そう許可をもらうと咲に背を向けて胡座をかき、この場所にいつ咲がいても良いようにと常に持ち歩いていたケースから、ようやくギターを取り出した。 逢えない時は一秒でも早く聴かせたかったはずなのに、今では緊張から気が重く、逃げ出したい気持ちで一杯だ…そしてどのオーディションよりも自分の鼓動を強く感じる。 『曲が終わったらどうなるのだろう』 『これからも咲と逢えるだろうか』 咲の涙を見て答えは薄々わかっているはずなのに、指先でギターの音を合わせながら未だそんな事を夢見ていた。 これで終わりだとは思いたくなくて。 小さく息を吐き出して、軽く弦を弾き音を確認し、目を閉じてゆっくりと息を吸い込んだ。 ・・・〜♪ 君と初めて会ったあの日 僕は夢に破れて 一人彷徨い 自問自答を繰り返しては ひたすら独りで同じ道を歩いていた 前を見る事を辞め いつからか 周りの人が皆幸せそうに見えて 世界から孤立した気がしたんだ 夢など追わねば 諦め切れれば ここまで悩む必要もなかったのに 偶然立ち寄った細道を抜け 一本の木の前で立ち尽くす少女 僕は気付いたよ ソッと涙を隠したことに その姿を自分と重ねて 勝手に距離の近さを感じていた 涙の理由は聞けないまま 時間だけが過ぎていく 一緒にいると眩しくて 僕の闇は溶けていくけど 君の闇は消せているのかな 独りで抱えないでいいんだ 話してくれていいんだよ 次は僕の番なんだ だからもう泣かないで 力をくれた君 冬の始まり 別れの時を感じていた また僕は何もできないまま 孤独と共に君を待つ 諦めの悪い僕を笑っておくれ 一緒にいた日々が輝いていて まだ離れたくないと聞かないんだ 涙の理由は聞かないさ 時間だけが過ぎていけ 君を連れて行かれると 僕はまた迷ってしまうから 君の闇を消させてよ 独りで抱えないでいいんだ 話してくれていいんだよ 次は僕の番なんだ だからもう泣かないで 笑顔をくれた君 時が過ぎ いつかまた笑い合える日がくるなら 僕はその時まで待つよ だから何も言わずに行かないで 僕はまだ君に...君に、、、 ーーー 何日も考えて決めた歌詞は途中から出てこなくなっていた。 一方的に溢れてしまった自分の意思、それを誤魔化す様に曲へと乗せてみたが、無造作すぎるこれを歌と言ってもいいものか…感情的過ぎる歌詞の意味が自分でもわからない。 これ以上繋ぎようのない歌詞に口を閉ざし、ただギターの音をポロポロと流していた。 もう手を止めて謝ろう…そう思った瞬間 「えっ…」 不意に背中へ軽い衝撃を感じ、その瞬間に優しい香りが自分を包み込む。 首に回る白くて細い腕。サラサラと頬をかすめるピンクの髪がこそばゆい。 「咲…?」 「やっぱり綺麗な声だね…ギターも上手!なんの心配もいらないよ!」 「えっ…」 「歌詞も…悪くないと思う。あと少し自信持って挑めば大丈夫!薫の歌は素敵だよっ」 全てが予定外の失敗としか言えない歌だったにもかかわらず、咲は否定せず褒めてくれたのだった。自分の心配をよそに、励ますような感想でまた背中を押してくる。 それなのに自分は、嬉しいはずなのに、喜ぶべきタイミングなのに、それ以上に気掛かりな事があって素直に喜べずにいた。 「咲…」 「薫…私を見付けてくれて、ありがとうね?」 「何だそれ…見付けるに決まってるじゃん。身体は大丈夫なの?」 「…へへ、凄く痛い!だけど凄く幸せ!」 咲の表情はわからない。だが肩に感じる温もりと湿っぽさから大体の想像はつき、それを察する自分の目頭も、見る見るうちに熱くなっていく。 「…治せないの?」 「ん…隠しててごめん」 「…咲って人間?」 「……それも隠しててごめん」 「ははっ、やっぱり…本当は何?」 「何なんだろうね…」 「…何だって良いけどね。咲は咲だし」 「ありがとう…」 「こちらこそ」 「はぁー、、楽しかったなぁ…」 「!!咲っ…!」 首や背中に感じていた咲の温もりが少しずつ消えていくのを感じ、慌てて首に回る手を握るが、その手は虚しくも空気を掴む。 いなくなりそうな恐怖から咄嗟に振り返って、ようやく相手の顔を見る事ができたが…顔を見てしまうと更に離れがたくなってしまう。 「っ…咲、また、また会えるかな」 「会えるよ、絶対。だからその時まで…待ってて!」 「わかった、待ってるから…」 悲観的な自分とは異なり、咲はやんちゃにふふっと笑う。そして少し間を置くと、両手を広げて一気に距離を詰めてきた。 「またねっ」 受け止めようと腕を開くも、互いの身体が触れ合う事はなく、甘く優しい香りだけが自分を通過する。 そして周囲を照らしていた光は消え、暗闇と共に辺りは静寂に包まれ始めた。 「咲…!」 行き場をなくした手を握り、急いで振り返ってみるも…そこに咲の姿はなく、まるで全てが夢だったかの様に空き地が広がるだけだった。 「……」 脳が咲のいない現実を理解すると、常に緊張状態だった身体の力が一気に抜け、ズルズルとその場に座り込んだ。 とても悲しいはずなのに、不思議ともう涙は出ない。 それから何分、何時間経っただろう…頬についた涙がすっかり乾く頃、初冬の寒さが身に沁みてきた。 そろそろ帰ろう…そう思い立ち上がろうとした瞬間、目の前をヒラリと舞う一欠片。 それはゆっくりと手の中に落ち、ポッと心を温めていく。 「そっか…」 再び振り返って見た景色は、満開に咲いた咲の髪と同じピンクの色。 季節外れの花弁が、ヒラリヒラリと雪の様に舞い落ちていた。 「そっか、お前だったんだね…」 初めて見た時は種類すら分からなかった木を、今はとても愛おしく感じる。 彼女が最期に見せてくれた素晴らしい光景を胸に刻みながら、二人の不思議な物語は幕を下ろす。 ーー… あれから一夜明け、再び向かった空き地で自分が目にしたのは、中央から真っ二つに薙ぎ倒された桜の木だった。 何の病かはわからないが、近くで見ると割れた部分は黒く腐食しており、生きたまま内部が腐ってしまった咲の苦痛は想像を絶するだろう… 「…無茶するなぁ」 自分の事より人の為にと顔を出し、最後の最後まで笑顔を絶やさなかった相手の優しさに胸が締め付けられる。 今更どうしようもないけど、もっと自分を大切にしてほしかった。 …今更でもないか。またいつか伝えよう。 その場で膝をついて割れた幹に手を当て、何度目かの最後の言葉を伝える。 「お疲れ様。また逢おう」 割れた幹の中央から見える小さな緑の芽は、まるでそれに応える様に風にそよいでいた。
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