気付き

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宗介は翌日も母のお見舞いに病院に訪れた。当然母はとても喜んでくれたのだけど、宗介にはもう一つ、大切な目的があった。 遥に会いに来たのだ。もちろん約束なんぞはしていない。名前も聞いていない。宗介が遥という名前を知っているのは看護師がそう呼んでいたからというだけだ。 宗介が遥の病室の前まで来ると、やはりドアは開いていた。 遥はベッドの上で上半身だけを起こし、窓の外を見つめている。 宗介はその姿に見惚れた。 ずっと彼女を見ていたい。 宗介がそんなことを思ったのは生まれて初めてのことだった。 「昨日の蝉は無事に羽化しましたか?」 遥の病室の入り口付近に立ったまま宗介は声をかける。 遥は宗介を見ると少しだけ驚いた顔をして、そして微笑んだ。 宗介の胸が高鳴る。 僕は、彼女のことが好きなのだ。 おかしな話だとは思う。昨日会ったばかりで、名前も名乗っていないのに。 「うん、あの蝉はあれから羽をぴんと伸ばして、もうこれ以上ないってくらい嬉しそうに飛び去って行ったわ」 彼女が笑顔で宗介に答える。そしてまた視線を窓の外に戻した。 「それは良かった。昨日あれから僕なりに考えて、やっぱり蝉は切なくないだろうって思ったんです。この明るい地上で、行きたいところに行けて、鳴きたい時に鳴けて、もう何でもできるってくらいの自由を手に入れるんですから、そのまま土の中で100年生きるよりも、地上での1週間のほうがずっと素敵な時間のはずです。生きる時間は問題じゃなくて、どう生きるかが大切っていうことかなって。僕も、蝉の生き様を見習わないといけないかもなぁ…」 最後のほうは独り言のようになっていた。 いつのまにか遥は宗介のことを見つめていた。 「あ、すいません。僕の名前は、西村といいます。西村宗介です。昨日は勝手に部屋を覗いてしまいすいませんでした」 宗介は名乗れたことでようやく少しすっきりした。 「西村宗介…」 遥は宗介を見つめたまま、宗介の名前を静かに繰り返した。 「私は北里遥です。」 遥の声はどちらかといえば小さな声だった。しかし不思議な力強さを感じる。 「私は、あなたが来るのを待っていたの」 一瞬、遥が何を言ったのか分からなかった。僕を待っていた? 遥が僕を茶化しているようにも見えない。
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