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第1話
時計の針は常に右回り。同じ速度で時間を刻む。
少年少女の歩く速度は時計の針とは関係なく進んでいく。
時間に逆らって左回りに進もうともがいてみたり、一秒が何時間にも感じる瞬間に出会ったり、一週間がまるで数時間のように感じたり、一年だってきっとあっという間に過ぎていく。
時計の針が刻む時間と少年少女の刻む時間がぴたりと合わさることは殆どない。
この物語は、真剣にごちゃごちゃ悩みながら自分たちの大切な時間を刻んでいく少女たちの、在るがままのお話。
耳元でごにょごにょとなにかを囁かれて、ぎゃあと悲鳴をあげて飛び起きた少女、相田雫は時計を見るなり、今度はきゃあきゃあ言いながら慌てて支度を整えだした。
「学校、仲良い子たちと同じクラスになれてよかったわね」
中学一年生になって一週間も経った今頃になって、母の透子は雫に言った。
中学は目新しいものでいっぱい過ぎて、学校へ行く前も下校してからの時間も、話しても話しても話し足りないとばかりにとにかく雫の話は尽きない。
「あんた、そろそろ行かないと……良いのー? あたしは別にどうでもいいけど」
朝ごはんを食べながら、今日はこんなことがあるんだってと話し出したが最後、止めてやらないと止まらない。
「忘れ物は?」
透子に聞かれて、雫は鞄を真剣に見直すとすぐに飛び出していった。しかし彼女が忘れ物をすることなど滅多にない。
「ホントに大丈夫なのかしら……」
透子の悩みは尽きない。出来れば弟の小学二年生になった草太に悪影響を与えなければいいのだが。
雫は良く言えばおてんば娘、いわゆる変わり者でしかない。
幼稚園から数えれば、八年間で透子は何度学校に呼び出されたかわからないし、透子自身が知らないだろうことも沢山あるはずだ。
「草太ー。雫みたいにならないでよ、あんたは」
思わず小学校二年生である長男へ言ってみたら、変な返事が返ってきた。
「ならないよ。雫は俺のお嫁さんになるんだからちゃんと守る!」
透子は姉弟揃って幸先の不安を覚えた。
放任主義は間違っていたのか。
いくつかの決まりごとを守る前提にそうして来たが、間違っていたかと時々思う。しかし透子が知る限り、雫はひとつとして決まりごとを破ったことはないのだ。
何事も全力、そして真剣に取り組む雫にとって、決まりごとを破るということは透子の信用を裏切る行為として「してはいけない悪いこと」に分類されている。
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