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「雫? あたしに言うことがあるわよね?」
帰宅するなり雫は透子に詰め寄られた。「ない」とは言えない。
約束を破ってしまったかもしれない罪悪感、そして嘘をつく自分は嫌いだ。
「……ごめんなさい」
泣きそうな声で謝る。
透子はため息をついてそれから言った。
「翔はやめなさい。あんた、絶対にそのうち傷付くわよ」
透子は翔といることに関して、やめた方が良いと言い続けていた、昔から。
雫はその理由など考える事なく、一緒に居たいから一緒に居た。
やめた方が良いと言われ続けていたけれど、はっきりとやめなさいと言われたのは初めてだ。
「どうしてダメなの?」
「それは翔から聞きなさい」
「翔君はあたしと一緒に居たらダメな事知ってるの?」
涙声で尋ねる。
「あの子はわかっててあんたを手放さない」
透子は翔があと一年しか雫と居られないことを知っている。
教えるのは酷だ。翔に言わせるのも、もちろん酷なことはわかっている。
しかし当人たちの問題で当人たちで解決するべきだと透子は思う。残酷だけれど、知ってもらわなければならない気持ちがこれからもたくさん待っていることもわかってほしい。
これから大人になる度に、どんなものであれ、いくつもの別れが来る。
本当はもう知っているのに本人が完全に蓋をしてしまっているから、思い出すかまた覚えるかを待つしかない。
ついに雫がうわーんと泣き出した。こうなるとなかなか泣き止まない。
透子は感性豊かな雫に色々な感情を身をもって知ってほしい。だから約束事をいくつも与えた代わりに奔放に育てた。
雫の頭をぽんぽんと撫でると言った。
「あたしの言葉に傷ついた?」
雫は首を横に振った。透子の言うことはいつだって正しい。
正しいことがいつだって正解ではないことを透子は教えなかった。
正しいことが正解とは限らないし、正解が正しい答えとも限らないことは、自分で理解しないと意味がない。
父の悠介は帰るなりぎょっとした。
あまねくものを失くしたように娘が泣いていたのだ。
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