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雫は最近夢見が悪い。酷いとぎゃあと叫んで目が覚めたり、ぽろぽろと零れた涙の冷たさで目を覚ます。
最近いつも同じような夢を見ている気がするのだが、思い出せなくてもやもやする。
正確には最近の話ではなく、随分前からそんなことが度々あった。そして夢の内容など覚えている方が稀だ。
「おはよう、雫ちゃん」
声をかけたのは同じマンションに住む二つ上の幼馴染、大野翔である。
「翔君、おはよう!」
もやもやなど一瞬で吹き飛んで満遍の笑みを浮かべた雫に翔が言った。
「一年間しかないから今日も一緒に行こう?」
この翔の言葉の真意を雫は考えることもなく、翔の言い方に不信を覚えない。本能のままに生きる主義の雫は自分の気持ちに忠実な言葉を返した。
「ふふ、翔君と一緒。嬉しい」
ご近所という自分たちの庭から出た瞬間、翔の手が雫に触れた。
「ね、雫ちゃん。手、繋ぎたい」
雫は迷うことなく翔の手を取った。
翔が中学校へ上がるまで、行きも帰りも手を繋いで登下校していた頃に戻っただけだ。
中学生になってからの翔は、毎日マンションの傍らで待っていて必ずおはようと言って頭を撫でてくれた。
中学校までの道のりと小学校への道のりはほんの少しだけ一緒だから、時々通学時間が一緒になれば、そのほんの少しの間だけでも本当はいつだって手を繋いで一緒に行きたかった。
雫にはそれが許されない。透子が決めた決まりごとのひとつだったから。
「これからは毎日、一緒?」
翔に問いかけると、部活に入らなければ朝も帰りも概ね一緒だよと言った。
「じゃあ部活は入らない」
「よかった。じゃあ、雫ちゃん。毎日一緒に帰ろうね」
それから翔が、どっちかが遅くなる時は待ち合いっこをしようと提案した。なんだか響きが好くて、雫が嬉しそうに目を輝かせて「うん!」と笑った。
翔も雫もお互い図書室が好きだ。そういう時の待ち合わせは図書室だねという話が纏まりかけた時、雫が「あ!」と声をあげた。
「ねえ、翔君」
「なに?」
「あたし、最近いつも同じようでよくわからない夢ばかり見るの」
「いつも同じなのに覚えてないんだ?」
「そうなの。図書室に夢占いの本とかあるかしら?」
「あったとしてもさ、夢の内容が思い出せないんじゃ占えないんじゃないかな」
「ああー! そうよね!」
そう言って雫が肩を落としたら、翔は繋いでいた手を解いた。自然とふたりの足が止まる。
なんとなく寂しく思った雫が翔を見上げた。そのさまがとても愛らしくて、翔はひとり優越感に浸ってしまった。
「……翔くん?」
翔が手を離したのは雫の頭を撫でようとしたからだった。
「大丈夫だよ、雫ちゃん」
そう言って雫の頭を翔はやっと撫でることができた。
ぱっと笑顔を咲かせた雫がもっと自分だけのものになればいいのに。
そんなことを思いながら、翔は再び雫の手を取った。
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