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暫く行くと長い髪を一つに束ねた綺麗な娘がアルベルトに気付き頭を下げた。
「おはようございます、アル様!」
人懐こい笑顔がまだ起きたての太陽に眩く輝いている。
「おはよう、アンナ。レッドさんはまだ?」
「お父さん、昨日腰をやってしまったので。何かご用ですか?」
不安気な少女に笑いかけそれを制すと、アンナの顔には安堵が広がった。
「ヤギの名前をシンが考えてくれたんだ。それを伝えたくて」
その言葉に、少女の瞳が微かに揺れる。
「それ、私が送ったのです」
薄く頬を染め俯く姿が絵になる。淡い恋心に微笑ましく思いつつも、何かが胸につっかえているようで少しだけ息苦しくなった。
「それで……シン様は、なんて?」
「ヤギ美が良いんじゃないかって」
一瞬驚いた顔を見せたアンナは、直ぐに口を抑えて笑い出し、アルベルトもつられて笑った。
一頻り笑い終わると二人は並んで農道に腰を下ろし、アンナが分けてくれたパンを頬張りながら朝のひと時を過ごしていた。だが穏やかに流れる雲を見上げたアンナは、ふと小さく呟いた。
「私、アル様が羨ましいです」
「どうして?」
「ずっとシン様のお側にいられるでしょう?私が知らない顔も、たくさん知っていらっしゃるのでしょうね」
谷間に吹く風が、否応無くアルベルトの頬を打つ。胸の奥が少しだけ、締め付けられるように痛んだ。そんな事はない、シンの事など何も知らない。彼がどこから来たのかも、その心が何を思っているのかも。そう思っていながら、それを何故か、口に出す事が出来なかった。
「あ、ごめんなさい!私失礼な事言ってしまって……」
不安気に慌てる顔に、アルベルトは我に返った。
「そんな事はない。私が、上手く伝えておくよ」
その言葉に瞳を輝かせ、くるくると表情を変える少女が少し羨ましかった。
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