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弟のエルバントを、この国の民を、そして、この国を愛している。アルベルトはそれを誰に対しても胸を張って示してきた。全てがアルベルトにとっては命に代えても守りたいものであり、そして、守らなければならないもの。なのにどうして、シンの事になると、真っ直ぐに言えないのだろう。アルベルトにはその理由が分からなかった。否、もしや深層では気付いていたのかもしれない。だが、認めてしまう事が怖かった。
「ここにおられましたか」
突然背後から投げられた低く通る声に振り返ると、シンが何時もの呆れ顔で立っていた。
「あ、シン様、おはようございます!ヤギの名前、ありがとうございました!」
アルベルトよりも早く頭を下げたアンナの髪を、シンが優しく撫でる。
「おはようアンナ。ああいう要望は今後勘弁してくれると助かるのだけど」
困ったように笑いかける顔も、いつもアルベルトが目にするものよりも優しく見える。楽しそうに笑い合う二人の姿を見ていたら、何故かその場にいられなくなって、遠くに見える馬に向かってアルベルトは一人歩き出した。
漆黒の馬の前まで来て後ろを盗み見る。ゆっくり農道を近付くシンの姿に、何処かで安堵している自分がいた。いつもは乗せてもらっているけれど、今日はそれすら後ろめたい気がして、シンがやるように馬の背に飛び乗ろうとアルベルトが地面を蹴った瞬間、驚いた馬が突然暴れ出した。
「わっ!」
身体が宙を舞って、反転した視界に青い空が広がる。落ちる────そう思った瞬間、身体が地面に打ち付けられるその恐怖に硬く目を閉じた。
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