第十一章 別れ

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 アルベルトは手を引かれゆっくり二階へと上がる。その胸に、不安がない訳ではない。 「……もし、またフェイを傷付けてしまったら、私を殴ってくれるか?」  振り向いたミトは少し驚いた後に、白い歯をみせて笑った。 「思いっきりいくよ?」  本気で拳を固め素振りをするミトの姿に、アルベルトもつられて笑った。  きっと大丈夫だ。間違った時罰してくれる人もいる。臆する事はない。そう心に鞭打って、アルベルトは開かれた扉の中へと一人足を踏み入れた。俯いたまま何時ものように煙草を巻いていたフェイは、アルベルト視線を向けると顔を顰めた。 「どいつもこいつも勝手な事をしやがって。おまえに客はまだ取らせないと言った筈だ。変態だったから良かったものの、下手したら築いて来た物が全て消し飛んでいたんだぞ」  築いて来た物とは、フェイの人買いとしての信用だろうか。そう思うと、疑問ばかりが先走る。 「フェイは、何故人買いに?」 「余計な事を言うな。お前はもう黒札付きの奴隷なんだ」  いつもならその横暴な態度に怒りを覚えただろう。だがその時アルベルトは、怒りすら忘れ、目の前の男の心の奥に潜む何かをただ知りたかった。 「フェイ、教えてくれ。お前は一体、何をしようとしているのだ」 「俺に構うな!」  あまりにも突然に発せられた怒声。アルベルトはこれ程までに強い怒りを向けられた事がない。そして、これ程純粋な苦悶も。 「何も望みたくない、期待したくない、俺は、一人で生きていくしかないんだ。だからもう、踏み込まないでくれ。お前の強さが、怖いんだよ」
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