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どれくらい眠りに落ちていただろう。布団の中で何かが動く気配を感じて緩々と目を開くと、何時ものように弟のエルバントが眠り込んでいた。微かな寝息は穏やかで、愛おしさに頬が緩む。最近何かと忙しく、あまり遊んでやれていないからか、エルバントは自分の寝室ではなくここで寝る事が増えた。もう十四歳にもなるのに甘えグセが抜けない弟。だがそれだけ寂しい思いをさせている事が、アルベルトには只々申し訳なく思えた。
窓に視線を移すと暗い空には既に、無数の星が瞬いていた。エルバントを起こさぬよう静かに布団を抜け出し、そっと食堂を覗く。皿に掛かった布を捲ると、美味しそうなパンが三つ並んでいた。こんな事になると予想して、コックが残しておいてくれたようだ。誰もがアルベルトをこうして影ながら支え、優しく見守ってくれている。だがそれは、自身が未熟だからなのだろうと彼は感じていた。
早く大人になりたい。皆に王と認められる立派な大人に。そうしたらシンは、もうあんな顔はしないだろうか。先代に顔向けが出来ないなんて言葉を言わなくなるだろうか。アルベルトはそんな事を考えながら一人パンを頬張った。
食べ終わった食器を流しに置いて、また静かに廊下を進む。そのまま庭に続く扉を開くと、金色の月から落ちる光が庭で動く影を照らした。
「シン?」
「おや、気分はどうですか?」
馬の手入れをしていたシンが、アルベルトに気付くと柔らかい笑顔を向けた。
「うん。もう平気。……熱心だね」
シンは一瞬何の事かと思ったのか手を止めた後、軽く笑って馬を撫でる。
「こいつは生まれた時から共に生きているんです。気性馬で手懐けるのに苦労したんですよ。それでも、今は大切な相棒です」
馬を見詰める瞳はまるで父が自身を見るような、そんな暖かみがあった。
「私にも、懐いてくれるだろうか」
そっと手を伸ばすと、馬はまるで触るなと言わんばかり、大きく鼻を鳴らした。
「動物はよく人を見ます。あなたが立派な王になった時、この背に乗せてくれるでしょう」
「そう……早く、乗せてくれるといいな」
そう言って二人は微笑み合った。
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