第十一章 別れ

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 しかし、突然響いた机を叩く鈍い音に身体が小さく跳ねる。 「甘えるな、糞犬が。俺は一度客前に出した者に、何色の札であっても仕込み直しはしない。これはおまえの選んだ道だ。全て自分で考え、自分で見つけ出せ」  そう言い放つフェイにあの日見たあまりにも脆い姿はまるでなく、やはり誰よりも強い男に思えた。  アルベルトはいつもシンに守られ、そしていつも誰かに支えられて生きて来た。どんな苦しい時でも側で心を寄せてくれる、ジャックやミトの存在があった。一人で生きた事がないアルベルトには、その寂しい人生はきっと耐える事など出来ないだろう。アルベルト自身それで良いと思っていた。だがその強さが、今は欲しいと感じた。  そのままフェイの部屋を後にし、アルベルトはルーイに引かれ街へと出た。今日はどこへ行くのだろうか。そんな事を考えながらぼんやりとルーイの足元を見て歩いた。 「……おまえ、変な奴だな」 「え?」  振り返る事なくルーイは突然に口を開いた。 「何で他人なんか庇うんだよ。ラフターさんの言う通り、おまえは黒札に向いていない。デバックさんの事もはっきり言ってこっちとしては死活問題だった。信用を失ったら俺たちだけじゃない、奴隷達も、全員路頭に迷うんだぞ」 「すまない……」 「なのに何で、そんなおまえに賭けてみたくなるんだろうな」  ルーイは確かに、そう言った。足を止める事もなく、冷たい風に掻き消される程に小さな声だったけれど、アルベルトはその言葉が何故か、ずっと胸に残った。  そして漸く辿り着いた家は前回と同じデバックの家だった。またおまえかと言った顔には、何故か暗い喜びを秘めて見えた。アルベルトは強く心に言い聞かせた。もう恐怖を前に逃げ出すなんてそんな自分勝手なミスは許されない。あの家に住むフェイやルーイやラフターやミト、そして奴隷の人々の為に。  乱暴な男を前に、アルベルトは心を閉じた。これは仕事なのだ。何も考えるな。何も────その時に、アルベルトは全てを悟った。  フェイが旅から帰って直ぐに見せたあまりにも苦悶に満ちた表情は、こう言う事だったのだ。心を閉じ作業的に自身を抱くフェイの心を思うと、涙ばかりが溢れた。知ったとしてもアルベルトはその心に触れる事さえ許されない。それが、堪らなく悔しかった。
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