第十一章 別れ

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 次の日はやはりずっと身体が怠く、アルベルトは朝からずっと小屋の隅で寝そべっていた。朝食を運んで来たミトが心配そうに覗き込む。 「わんこ、何か顔色悪いよ?ラフターさん呼ぶ?」 「いつもの事だ……大丈夫だよ」  ミトは何か言おうとしていたが、アルベルトがそれを制して笑いかけると、渋々出て行った。アルベルトは心の内で、その悲し気な背中に謝罪の言葉を投げた。今日はなんだかいつも以上に怠い。人の事を考える余裕がなくなってしまいそうで、そんな姿を誰にも見せたくはなかったのだ。小屋の中の人々はアルベルトに興味がまるでなく、今も必死で食事に食い付いている。いつもは少し寂しいその光景も、その日はありがたい位に感じた。  だが何時までもそうしては居られないし、取り敢えず食事を食べよう。そう思って重い身体を起こし、屑パンに手を掛けた時、鼻先を掠めたパンの匂いに、胃の中を通り過ぎ何かが逆流するようなあまりにも突然の吐き気が襲い、アルベルトは抗う事さえ叶わなかった。食事中になんて事を────そう思って慌てて始末しようと瞼を開いたアルベルトの目に飛び込んだものは、想像していたものとはまるで違う、ドス黒い大量の血だった。  これは自分が吐いた物なのだろうか。これは一体────。頭の中が真っ白になると、同時に忘れていたかの様に突然鋭い痛みがアルベルトを襲う。夏の暑さの中身体は熱を失い、ガタガタと震え出す。その激痛の中で、何人もの人が扉を叩く音と、助けを呼ぶ声を微かに聞きながら、アルベルトはそのまま意識を手放した。  朝焼けに揺れる桃色の空、谷間を走る風に草木は歌い、夕焼けが川面を真っ赤に染める。夜には月明かりにぼんやりと浮かぶ農道をランタンを片手によく歩いた。夢の中のアルベルトはいつもフィリアにいる。手を引くシンが立ち止まり、優しく唇が重ねられる。  全ては、夢────。  シンはエルバントを愛しているのだ。エルバントはずっと兄である自身を憎んでいたのだろうか。気付けなかった愚かな兄を、許してくれるだろうか。また、笑いかけてくれるだろうか────。
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