第十一章 別れ

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 それからアルベルトは療養を余儀なくされ、その間はミトが暇さえあれば側に来てその心を癒してくれた。やっと明日小屋に戻れると聞かされた日も、ミトとアルベルトは眠りに落ちる直前まで話し込んでいた。 「今ね、わんこを買いたいって人が来てるよ」 「へえ、知っている人かな」  ミトは少し考えた後、首を横に振った。 「旅人みたいでね、凄く、醜い人だよ。鼻がこんなにひしゃげてて、目もこんなに離れてて……口は、この辺についていたかな」 「……それは人か?」  この辺と言いながら額を指していたミトは可笑しそうに笑い、子供の思考は面白いと、アルベルトもつられて笑った。一頻り笑い終わると、ミトは少しだけ寂しそうに呟いた。 「わんこは、そんな醜い人でも買われたいと思う?」  アルベルトは口が額についている人を見た事はないが、その人を目の前にしても特に何も思わないだろう。 「ミトは例えば醜い容姿で生まれたとして、それだけで拒絶されたら悲しくはないか?」  優しく髪を撫でると、ミトは真っ直ぐにアルベルトを見据えた。 「わんこはやっぱり、王様だね」 「王様?」 「わんこが倒れた日、俺思ったんだ。こんなになるまで人を守って、それに皆いつの間にか引き寄せられていて。扉を壊した奴隷、皆の顔に浮かんでいたものは、そんなわんこに向けられた尊敬と、愛情だったよ。わんこは王様。奴隷の、王様だ」  奴隷の王様────それは一体、何だろうか。ここは国ではない。だから王は必要ない。それでもミトは何故、落ちぶれた自身を王と呼ぶのだろう。アルベルトには分からない。  だが次の日小屋に帰ったアルベルトに、ブラックタグの少女は涙ながらに自らの過ちを悔いた。そして、ごめんなさいと。何も悪い事はしていない、自分はしたいようにしただけだ。そう言っても少女は泣き止んではくれず、その時小屋の誰もが優しく、少女の背中をさすってくれた。蔑まれ続けた人々の瞳に宿る輝き。それはとても、優しい色をしていた。
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