第十二章 誰が為に生きる

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 馬作を撫でていた背中に声を掛けると、シンもまた控え目な微笑で迎えた。  並んで歩む農道、黄金色に染まる稲穂の揺らめきに、思わず涙で視界が歪む。本当に帰って来たのだ。そう思うと、先程まで胸を満たしていた不安など嘘のようだった。 「アル様……アル様ですか!?」  稲穂から顔を出した女が、まるで夢でも見ているかの様な顔でアルベルトの名を呼ぶ。 「ただいま、ナンシーさん!」  アルベルトは思わず駆け寄ってふくよかな女を力一杯に抱き締める。 「こんな、夢のような事が!」  声を震わせるナンシーからは、土の匂いと、秋の太陽の香りがした。アルベルトの愛したフィリアの民の優しい香り、愛する故郷、ここが自身の居場所だと、その時に改めてアルベルトは帰還の悦びを噛み締めた。  その後国中の人々が二度と叶う事はないと思っていたアルベルトの帰還に涙した。空白の時間を埋めるように語り合い、アルベルトも泣きながら笑った。それでも揃ってアンナとレッドの事、そして新しい王については何故か硬く口を閉ざしていた。アルベルトもまたブラックタグに一時堕ちた事、そして見て来た悲しい戦の事は、言わずにおいた。知らない方がいいと、互いにそう思っていたのだろう。     
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