第十二章 誰が為に生きる

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 その日の夜、アルベルトが長い風呂から上がり部屋へと戻ると、窓辺にエルバントが佇んでいた。 「エル……」  顔を合わせるのはあの冬の夜以来だ。会えた喜びの影で、不安が過る。その不安を煽るように、エルバントは小さく鼻で笑った。 「よく戻って来れたね」  不安の的中を知り、アルベルトの胸に哀しみの波紋が拡がって行く。愛する弟にどれ程会いたかったか、どれ程に心配した事か。 「私は、何かしたか?何かしたならあやま────」 「そう言う所、嫌いだったんだよ。兄様はいつだって人の事ばかり考えているフリをして、その清廉な聖者面を振りかざし、僕の欲しい物を全部奪っていったんだよ」  アルベルトは思わず耳を疑った。エルバントの欲しい物を奪った────そんな筈はない。幼い頃より楽しみにしていたお菓子だって、好きだった本だって、エルバントがほしがれば快く譲って来た。早くに二親を亡くした寂しさを感じない様に、自身は兄として精一杯やって来た筈だ。唯一、譲れないと思ったものは────。 「……シンか?」     
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