第二章 王の姿

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「先代は亡くなる前、私に言われました。貴方はこの国に留まらない、稀代の王になると」 「父上が?」  思わず顔を上げると、闇の色をした瞳が揺れる。それはとても、優しい色だった。 「その胸につかえる想いすら、どうぞ大切にして下さい」  白磁の頬を伝う涙を拭うと、シンは立ち上がりアルベルトの手を引いて馬へと歩いた。  父が、そんな事を。弟にすら嫉妬してしまう自分が、立派な王になどなれるのだろうか。そして胸につかえる想いすらも大切にしろと言うシンは、芽生えたばかりのこの気持ちに気付いているのではないか。そんな気がして、アルベルトは思わず小さく身震いをした。  帰りの馬の上は来た時とは違い、酷く照れ臭くて、手綱を握る腕が触れるだけで胸の高鳴りが止まらなかった。それを知ってかしらずか、シンが唐突に言葉を掛けた。 「アル様にだけ一つ、秘密をお教えします」 「……秘密?」  振り返り見上げた顔は、少しだけ赤らんでいるような気がした。 「この馬の名は、馬作というのですよ」  そんな事をずっと隠していたのかと思うと、途端に可笑しくなってしまう。思わずアルベルトが笑うと、背中越しにも小さく笑う声が響いた。靡く漆黒の鬣を撫でる。谷間に吹く風は優しく、涙はもう、何処かへ流されていた。
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