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次の日────。
「春の嵐は激しいものですが、今年は特に酷いですな」
街の様子を見に行ったシンの代わりに今日はマルフが側に付いている。窓の外を眺める少し恰幅の良い老人は、窓を打つ雨をずっと眺めては不安を口にした。
「シンは、大丈夫だろうか」
ポツリと口をついた言葉にマルフは優しく笑いかけ
た。
「あの男は殺しても死なん男ですよ」
「うん、そうだね」
その言葉に少し安堵して、アルベルトはまた要望書に目を通す。今日も心の暖まる人々の日常が綴られている。この国は平和だ。そして誰しもがこの平和はずっと続くものと思っていた。
その日は夜が更けても嵐は止まず、シンも中々帰って来なかった。アルベルトは一人、城の玄関扉の前で帰りを待っていた。感じた事のない不安と焦燥。そして待つ事が許される存在である事が、くすぐったい程に嬉しかった。
暗い夜空が一瞬眩しいぐらいに輝き、次いで耳を割くような轟音が響き渡った。思わず身を縮めて耳を塞ぐ。空が更に荒れて、雷の音はどんどん大きくなって行く。早く、早く帰って来い。アルベルトが強くそう願った時だった。
「アル様!」
その声に顔を上げると、ずぶ濡れのシンが驚いた顔を向けていた。
「何をしているのですか、もう夜中ですよ!?」
膝を付いて視線を合わせたシンの首に、アルベルトは思わず抱き付いた。恐ろしい嵐への恐怖と、その身の無事への歓喜に思わず身体が動いてしまったのだ。だが腕の中で、静かに息を飲む気配を感じた。濡れた髪が、頬に冷たい。
「……風邪を、ひきますよ」
そう言って腕をゆっくりと離したシンは、アルベルトの顔を見る事もなく廊下を行く。アルベルトとしても衝動的な行動だったのだが、やはり自分の身体に腕を回してくれる事はなかった。それが酷く切なくさせた。
寝室に着くとシンは深く頭を下げ、直ぐに離れて行った。雷がまた轟音を轟かせ、アルベルトも慌ててベットに潜り込む。濡れた身体は冷たく、そして、胸は熱く啼いていた。
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