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谷間の国フィリア────そこは豊かな大地が多くの恵みをもたらし、決して広くはないけれど、幸せで穏やかな微笑みが絶えない、そんな素晴らしく平和な国である。隣国が戦争や領地の拡大に躍起になる中、フィリアの民の悩みはいつだって今年は雨が降るか、太陽はたくさん顔を出すか、そんな事だった。
小鳥が歌い、青々と茂る若葉。咲き誇る黄色い花が春の訪れを告げる。農道を歩む色黒の農夫達。その誰もが優しく、柔らかな笑みを浮かべている。父が遺したこの国は、王であるアルベルトの宝であり、そこに息衝く民は、かけがえのない彼の親友であった。
谷間の平坦な大地に犇めく畑では、ぽつりぽつりと落ちる人の影がゆっくりと動いている。まだ朝露の乾かぬ早朝の畝の隙間、この国の王もまた、民と同じよう腰を屈め土を弄っていた。
「今日もせいが出ますな、王子」
鍬を片手に、髭を生やした男が帽子を取って頭を下げる。
「おはよう。良い天気だね」
アルベルトは柔らかな微笑を零し、ふと空を仰いだ。空は雲一つない晴天で、谷間を吹き抜ける風が心地いい。
「はあ、しかしまた近々荒れるそうですよ」
「ではしっかり備えなくてはね」
男は強く頷くと、また帽子を取って頭を下げ、ゆっくりと農道を歩いて行った。そんな背中を見送っていると脇で作業をしていた女が顔を上げて呟いた。
「いやだね、あの人ったら。アル様ももう王子じゃないって言わないと!」
その言葉に軽く笑いかけアルベルトは再び手を進めた。
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