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風に揺れる黒髪に、深い漆黒の真珠を嵌め込んだ瞳。誰もが見惚れる程に整った顔立ちは、どこか冷たい印象を与える。この国で生まれたわけでは無いけれど、その忠誠心と実直な性格が先代に買われ、かれこれ十年、アルベルトの世話係をしている男。名をシン・グンバクと言う。張り詰めたような近付き辛い雰囲気を醸し出すシンは、嫌われてはいないものの深入りするものはいない。アルベルトにとっても厳しくて、そして少しだけ怖い存在だ。
馬まで来るとシンは軽々とアルベルトを持ち上げ鞍上へと乗せると、直様その後ろに飛び乗った。包み込むように手綱を握る腕は逞しくも優しいもので、まるでその厳しい顔からは想像も出来ない。それを知るものは、王であるアルベルトだけであり、細やかな優越に彼は知れず頬を緩めた。しかしゆっくりと進む馬の上で低い声が背中越しに響く。
「昨日はヨーヘンさん、今日はナンシーさん。我が国の王は余程勉学よりも畑仕事がお好きなようですね」
「そんな事はないよ。けれど今は収穫の時期だから────」
人手が要るのだと思わず弁明しようとし、だがアルベルトは言い淀んだ。一国の王となり一年、シンの言いたい事も分からないではない。自身はもう王子ではない。それは、この国を背負っていかなければならないという事。己がまだまだ未熟な事も勿論承知だ。しかしだからこそ民の側にいたいと思うのは、自身の精神がまだ幼いからなのだろうか。
アルベルトが常々苦悶しているその現実に沈もうとしていると、シンは先程よりも柔らかい口調で彼を諭した。
「一国の王が民と肩を並べて畑仕事をする。良い事……とは言えません。が、私はそんな貴方を慕っております」
その短い言葉に、アルベルトの小さな胸が鳴いた。だが真意を知りたくてチラリと盗み見ると、希望を打ち砕くよう、鋭い瞳が向けられてしまった。
「きちんと両立できていればです」
「……気を付ける」
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