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 白い車が一台、ゆっくりと近づいてきたのは、ちょうど販売会社の社員が中で一組の夫婦を案内している最中だった。品のいい四十歳台と思しき男性が運転席に座り、後部座席には小学校低学年くらいの女の子とその横に母親らしき三十歳前後の女性が座っていた。運転席横の窓がブーンと音を立てて下がり、 「ブリリアント篠ノ木ってここですか」 とその男性がちらりと顔を覗かせて、私に尋ねた。その声は、男性にしては少し高い声だった。私はそれを聞いて、思わず思い出してしまった。  ああ、この声。それはあの声に似ていた。父の恋人の声。あの声を聞いた時には、それが父の恋人の声だとは全く思いもよらなかったけれど。  私が高校受験のために独りで家で勉強していた冬休み、家に一本の電話がかかってきた。無視していると留守番電話に切り替わり、 「新田です。携帯が繋がらなかったので、家にまでお電話して申し訳ありません。今回のプロジェクトで必要な照明機材を入手するのに苦労されていると聞いて。ウチで何とかなるかもしれません。もし必要ならお電話ください」 とわりと高めの声の男の人が吹き込んで、電話を切ったのだった。  父のプロジェクト。父は仕事を家に持ち込まない人だった。だから私も母も父の仕事のことは知らなかった。知らない私たちでいた方が、父は家庭で安らげるのだ、と信じていた。  でもその信仰は、もしかしたら間違っていたのかも知れない。新しく恋人に選んだのは、仕事のことまでひっくるめて理解してもらえる人だったから。 「あの、ブリリアント篠ノ木は―」 「あ、すみません。こちらですよ」 と私は我に返って、父の恋人の声に似た声で話すその男性に笑顔を向けた。 「よかった。車、寄せていいですか」 「ああ、どうぞ。今、先客を対応していますので、少しお待ちいただければ、モデルルームのご案内が出来ると思います」  男性は、奥さんの方を振り返って「少し待つけど、大丈夫?」と聞き、「もちろん」と奥さんは答えた。娘だけが「えー、お家に入れないの?」と少しだだをこねたが、すぐに男性に、「こらこら」と言われ、 「少しくらい待った方が、気に入るかもしれないよ、モモは」 と続けた。 「どうして?」
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