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「知らないかい?焦らされた方が、より欲しいという気持ちが高まるんだよ、人っていうのは。モモもすぐに手に入ったものよりも、なかなか手に入らない物の方が大切に思うだろう?ほら、例えば、この前の、欲しがってた玩具、何と言ったっけ?」 「たまごっち」  間髪入れずに奥さんが言い、 「そう、それそれ」 と男性は満足そうに笑った。 「んー、わかった」 と娘は言い、そして大人しく後部座席に座り直したのだった。私はそのやり取りを聞きながら、品のいい家族だ、と思った。  男性は短髪で中肉中背、薄いグレーのサマーセーターにジーンズを合わせ、爽やかだった。奥さんの趣味なのかもしれないが、なかなかこんな上品に着こなせる男の人もいないだろう。もみあげの部分から顎にかけて、髭を伸ばしているが、それも適度に男性に風格を与えていた。一方、奥さんの方は肩にかかる髪を一部だけターコイズブルーの石の入ったバレッタで捻って止め、薄いブルーのアイシャドウで細めの瞳に艶を添えている。それが夫の服の雰囲気とマッチしていて、同じ家庭で暮らす者同士の揃いの雰囲気を感じさせる。 「これしかなくて申し訳ないんですけど」 と私は受付脇に置かれていたウォーターサーバーからミネラルウォーターを紙コップに注ぎ、彼らに順番に手渡した。 「ありがとう」 と奥さんが微笑んだ。 「お待ちになっている間、こちらをご記入いただけますか。その方がすぐにご案内できますので」 と私は、住宅販売業者が用意したアンケート用紙を男性に渡した。男性はそれを受け取ると、指名の欄に「大木佳行」と書いた。 「この辺りは、家と家の間隔がわりと広く取ってあるね」  大木さんは、記入しながら私に言った。 「そうですね、斜線制限の件もあると思いますが、ここの市は100平方メートル規制もありますからね」 「100平方メートル規制?」 「ええ。最低敷地面積として、100平方メートルが必要なので、それ以下だと家が建てられないんですよ」 「へえ、そうなんですね。あなたは建築士?」 「いえ」 「じゃあ建築士の見習い?ああ、若いから建築学部の学生さんですか?」 「いや、父が建築士をしていたので、多少知識があるだけです。大学は辞めてしまったので、ただのアルバイトですが」
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