第61話/厳重な引き渡し対象は俺です

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 すると玄関に招き入れるためにドアを開けたムグルは、困った様子で「あ~」と相槌を打ってから言葉を返す。 「その事についても、説明しなきゃだね」 「教えてくれるんですか?」 「お互い、誤解したままじゃいけないでしょ? 教えてほしいことならボクも沢山あることだし、お茶でも飲みながら情報交換しようか」  俺が玄関に上がると、早速真新しいスリッパを出してくれたムグルは、右手の扉を開けて広いリビングへと通してくれた。  ーー普通だ。  刑事ドラマのような、防音など施された個室で聴取されるのかと思ってたけど……。  目の前に広がる光景は、対面キッチンが売りの民家と何ら代わり映えの無いリビングと施設には無いテレビが完備されていた。 (ちょっと羨ましいなぁ~) (外からの情報は、新聞と仲間内の噂を頼るしかありませんでしたからね)  鳳炎の言うように、フェイバーから譲り受けた特殊な眼鏡を使って。何とか新聞を読めるようになったけど、この世界の常識を知らない俺は、結局世話になっている周囲の人達の声が一番の情報源となっていた。 「今日はムグルさん以外、誰もいないんですか?」 「そんな事ないよ。ただ(しょ)っぱなから複数人に囲まれるのはどうかと思って、席を外してもらっているんだ」  そう言って天井を指差して見せたムグルは、「まぁ座って」と俺に伝えてからキッチンに立つと、手際よくお茶の用意を始めた。 「(あっち)で、甘いものは食べてる?」 「はい。砂糖とか貴重らしいんですけど、セイクさんが見舞いに焼いてくれるんです」 「セイクさんって、金髪の女性の?」 「はい」 「そんな一面がある人なんだね」  意外と言いたそうな雰囲気だけど、俺のご機嫌を損なわないよう気を配っているのだろう。一定の距離を置かれてる感じがして、夢で見たムグルと同じ人物とは思えなかった。 「ムグルさんも会った事があるんですか?」 「職務上だけどね」  そう応えて、椅子に座って待っていた俺の前に差し出されたのは、桃の花を模した練り切りと温かい緑茶だった。 「和菓子だ!」 「緑さんって言う、フレムが英里さんとして生活していた世界から来た人が用意してくれたものだよ」  ーー携帯があったら写メりたい!  まさか異世界でお目にかかれると思ってなかっただけに、懐かしさで胸が一杯だ。  ーー緑さん、有難うございます!!  感謝の意を込めて両手を合わせると、勿体ないと心の中で叫びながら、黒文字と呼ばれるフォーク代わりの爪楊枝でカットしてから口に運ぶ。  ーー美味い!!!  程よい甘さと舌触りの良い餡が、何とも表現し難い幸せとして口に広がる。 「気に入ってくれたかい?」 「崇めたくなる程に」 「それは良かった」  だけど、この世界で安易に手に入る食材では無いはずだ。ましてや、俺が会いに行くと決めたタイミングで作れる代物じゃない。
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