第61話/厳重な引き渡し対象は俺です

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「買付は、この世界じゃないんですか?」 「鋭いな。和菓子1つで、そこまで分かるもんなんだね」  真向かいに座ったムグルは、美味しそうに和菓子を頬張る俺を興味深そうに観察しながら、感心した様子で話を弾ませた。 「スイートポテトだったら、気にも止めなかったと思うんですけどね。主食が芋のようですから」 「あー、なるほどね。それじゃあ施設の食事は、芋中心?」 「いえ、そう言う訳じゃないですよ。むしろ米やパンを食べる機会が多いんで、結構輸入品に頼っているんだと思います。研究もしてるみたいですけど、田畑がある訳じゃなさそうだったし」  そう言って俺は、今まで目にしてきた施設を思い出しながら、ムグルの興味を持ちそうな話題を探した。衣食住の話を通して、彼が施設の事を知りたいのではないかと思ったからである。 「でも、不自由な生活を強いられているようじゃなさそうだね」 「はい、身の危険を感じるようになったのは最近の事です。それまでは、記憶が戻る度に体調を崩してただけなので……」 「そうなんだね」  ーーと、此処で何かを言いかけたムグルは、誤魔化すように微笑んだ。  恐らく昔の俺を知るムグルのことを思い出したのか、気になったんだろう。  俺は余計な事かもしれないと思いながらも、意を決してムグルに現状を伝える。 「ムグルさんのことも、多少なりとも思い出してきましたよ。鳳炎のことも、最近夢を見るようにはなったんですけど……。肝心な記憶が思い出せないままなんです。だから、安易に呼び捨てに出来ないだけで……。ごめんなさい」  ウォームの事も録に思い出してないのに、身近にいない。ただそれだけで区別してしまってるようで、罪悪感を覚えた俺は自然と謝罪の言葉が出た。 「別に、悪気があってのことじゃないから平気だよ。気になるようなら、ボクの事も呼び捨てにしてもらって構わないし……。肝心な記憶が戻るまで、結構な日数が掛かることは、御薙くんや華さんから聞いてるからね」 「そういえば、俺はこの世界に最近来たばかりですけど……。御薙や華さん達は、違うんですよね?」 「まぁあの二人は、まず産まれ故郷に無事に戻って1年。それからWPに復帰して、この世界に来たのは3ヶ月前だよ」 「2年程、時の進み具合が違うとは聞きましたけど……」 「(いや)、実際はもっと差があるはずだよ。今君が産まれ故郷に帰ると、行方不明になって百年後に見つかった事になるからね」 「百年?!」  なんか計算が合わないと思ったら、さすが異世界というべきか。英里だったら、死んで土に還ってる程の年月が経過してて驚いた。 「ウォーム達は、フレム君が行方不明になって数年後に、神隠しにあったようだね」 「くん?」 「あ。君の都合でさん付けに変更してるだけで、関係としては先輩と後輩なんだよ」 「つまりムグルさんの方が年上?」 「そうだよ」  ーーヨシ!  ずっと自覚がないのに年上扱いされてきた俺は、小さくガッツポーズをした。それなら心置きなく、ムグルをさん付けで呼んでもかまわないはずである。
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