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第64話/最強にして最弱でした
「それじゃあ、ボクが軽く投げて見せるから。バット握って、ネットの前に立ってね」
そう言って、準備が整った俺から距離を置いたムグルが投げて見せたのは、至極一般的なレベルの投球であった。
緊張から見送ってしまったけど……。
打てなくもない球だったので、2球目はカッキーンと良い音を響かせてホームランを打ってみせる。
「150キロは余裕そうだね」
「150キロ?!」
メジャーリーグ級の投球を易々打ってしまった自分の実力より、相手の実力を測るために、メジャーリーグ級の投球を平然とやってのけたムグルの実力が怖いのですが……。
「ちょっと本気で投げさせてもらうよ~」
軽い口調で投球前に予告するムグル。
お陰でバットを構える余裕はあれど、勢いよく俺の横を通過して、ネットにささったボールから白い煙が見えた。
此処は漫画かアニメの世界でしょうか?
とりあえず身を守る術とて、首を横に振って無理ですアピールをしてみたけど__。
「平気、平気。打てなくても、球が見えたら上等だからね」
ーーどういう基準ですか?!
確かにバットが振れなかっただけで、ボールが消えて見えた訳じゃないけど……。
逆に見えたら見えたで怖いと言うのに、ムグルは容赦なく投球を続ける。
「反射神経は、さすがにバット振ってもらわないと分からないよー」
「守備は任せて下さい!」
ーー鬼か!?
風を切って球が通過するだけでも怖くて堪らないのに、ムグルに指摘され、守護竜である鳳炎からは謎の声援が送られる。
そんなある程度の成果を出さないと辞めてくれなさそうな雰囲気の中で、空振り覚悟でフルスイングをし続けること八球目。
怖がらなくても、ムグルの投球でデッドボールを食らうことはない。と気が付いた途端、バットに球が当たり始めた。
「余計な力が抜けてきたね、フレム君」
「繰り返し練習を積めば、カウンター攻撃を仕掛ける事が出来ますよ」
「それより恐怖心のコントロールが先かな」
期待の眼差しを向けられるが、己の欠点は己が一番理解している。昔の俺は、場数踏みすぎて麻痺ってたんだろうけど……。
父親の怒鳴り声すらビビっていた学生が、突然戦場に送り出されても何も出来ない気がするのは、俺の考え過ぎではないはずだ。
「フレム君に強みが出来たら、自信に繋がるはずだよ」
ーーだといいけどな。
マイナス思考は、自己否定と言う名の自信の無さからだ。でなきゃもっと、楽観的な思考になるはずなのに……。どうにかなると思えない時点でアウトのような気もする。
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