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「ミハエル様。警備を増やしたとはいえ、おひとりで宮殿内をお歩きになりませんよう」
長い廊下を追いかけて来たアニエスが僕の横に並び靴を差し出した。
履き忘れてた……。
そして勢いのまま歩いてきて、エレベーターホールで、はたと気づく。僕の静脈認証じゃ、エレベーターを動かせないんだった。
アニエスが手の平を乗降センサーにかざすと、下階行きを示すホールランタンが点灯した。行動に制約があるのは仕方ないけど、ひとりでなにもできないのは気が滅入る。
「殿下の戯言はお気になさらず」
不意にかけられた言葉。アニエスは優しい。僕の気持ちを汲んでくれるのは、仕事の延長だってわかってる。でも、つい甘えたくなってしまう。
クレアを放っておくのは無責任? 彼女でもないのに、他の男性にとられるのが嫌なんて、どうかしてる? 訊きたいけど、訊けないよ。
「アニエス……僕が帰還したあと、しばらくクレアのこと気にかけて欲しいんだ」
エレベーターを降りた僕たちは、メイドたちの往来がなくなった静かな廊下を歩いた。
「もちろん、心得ております」
「ありがとう」
アニエスがいてくれて良かった。心残りのままでは帰るに帰れない。……帰れるよね?
「ご心配なさらずとも、私が責任をもって捕虜交換の場にお連れいたしますよ」
なにより頼もしい言葉に、重かった心がふっと軽くなる。
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