1.Four leaf clover

1/1
222人が本棚に入れています
本棚に追加
/571ページ

1.Four leaf clover

※短編の1章部分をまるっと追加しました。短編読了済みの方は次ページへお進みくださいませ(イラストは飛鳥馬奏羽(あすまかなう)様より↓左から、レキシア、ミハエル、カイ、アニエスです) 5fa3c2d1-9a24-477f-a32f-75051b5c8d92 【1.Four leaf clover】  僕の横でレキシアが、旗艦との通信を終えた直後だった。左翼方向で衝撃があり、(ふね)が大きく揺れた。 「ミハエル、しっかりしろ!」   名前を呼ばれまぶたを開けると、僕はレキシアの腕の中にいた。状況を把握するのに数秒を要したけれど、どうやらレキシアは突然の揺れで転んだ僕を抱き起こしてくれたらしい。  僕たちの戦艦、ドレッドノートの司令官で親友でもあるレキシアは、心配そうに僕をのぞき込んだ。夜空色の澄んだ美しい双眸がわずかにうるんだように見えたのは、艦橋(ブリッジ)のフロアライトが反射したせいかな。 「大丈夫か、ミハエル」 「頭が痛い……」 「倒れたときに打ったんだ」   「レキシア殿、脈は正常ですが念のため軍医を呼びましょう」  幕僚のひとり、ラウル大佐がひざまずき僕の脈をとっていた。肩下まである紺色の髪を今日はひとつに結んでいる。知的な切れ長の瞳が僕を見下ろした。 「平気だよ。ごめん、心配かけて」 「急に起き上がるな、危ないだろう」 「レキがモニターから目を離してるほうが危ないよ。さっきの揺れはなに?」 「一瞬シールドが途切れたんだ。左の第五エンジンがやられた」  驚く僕にレキシアは心配するなと言った。電気系統の不具合で艦を覆うシールドが解除されたほんの一瞬に、周辺を漂っていた十数センチの岩石がエンジンに直撃したらしい。宿敵のケルサス星系連邦軍の奇襲ではないにせよ憂慮する事態だ。 艦橋中央の司令台から一段下にあるオペレータたちの座すフロアへ降りると、テオがドレッドノートの見取り図をミニフローティングディスプレイに映し出した。  レキシアが指揮を執る全長五百メートル、定員六百名の高速戦艦だ。ディスプレイを指先で見やすい高さにドラッグする。第五エンジンにトラブルのシグナルが表示されている。   レキシアの昇進祝いとしてアストベルク上級大将から二年前に贈られて以来、僕にとっても特別な艦だ。砲撃の損傷じゃないだけましだけど、無傷の記録が途切れてしまったのは残念すぎる。 「今後も高速航行は可能か」    レキシアが司令席の前に立ち訊ねると、テオははじき出されたパーセンテージを読み上げた。 「メインエンジンに負担をかけないよう、二十パーセントダウンの速度を維持されたほうがよろしいかと」 「戦闘での機動力を温存するにはやむを得ないな」  レキシアは黒髪をかき上げ、苦い顔をした。長身に黒の軍服が栄える。華美な装飾のないデザインでも、レキシアが着れば遠くにいても目を引く。容姿もさることながら内面からあふれる才気ゆえだ。  僕はレキシアの自信満々に敵を見すえる強気な眼差しが一番好きだけれど、いまみたいに憂いをおびた伏し目がちな横顔も好きだった。レキシアをわずらわせるすべてから、守ってあげたくなるからかもしれない。    なんて言ったら嫌な顔するだろうな。年齢も階級も下の僕がどうにかできるほど、レキシアの行く手を阻む障害は小さくないのだから。    彼は僕よりひとつ上、二十三歳という若さですでに第一宙域中央政府軍――通称“第一軍(プライマリ)”の中将、分艦隊の司令官で一個艦隊の約半分、六千隻の艦を指揮下に置く。  将来を嘱望された逸材で才智に長けた戦略家でもあり、輝かしい功績は数えきれない。けれど、その活躍に反感を持ち、嫉妬の目を向ける者は少なからず存在する。自らの持たない優れた才能と特質を称賛するどころか妬み、足を引っ張ろうとするのだから手に負えない。  それでもレキシアは自棄になったり卑屈になったりしないし、悪意や小細工に打ち負かされるほど弱くも脆くもなかった。夢に向かってどこまでも真っすぐに生きる姿は凛として強く、僕にとってまぶしくさえある。 「ミハエル、頭を打ったんだぞ。ふらふら歩くな。ここに座ってろ。命令だ」 反論しかけて不発に終わり、やむなく僕は指令台の階段を上がった。司令官補佐とはいえ、レキシアが不在でもないのに腰かけるのは気が引ける。こんなとき力不足を痛感する。結局、守られてるのは僕のほうなんだって。 「最前線到着は一時間後だな。ミハエル、修正を旗艦(きかん)に入れてくれ」 「了解」 進行方向前面の大型レーダーを確認すると、敵艦数は時間とともに増加しているかに見えた。味方の艦が激減しているせいもあるし、被探知(ステルス)機能で引っかからなかった遠方の敵艦が徐々に検知され始めたからだ。  今回の戦闘には三個艦隊が出撃しているにもかかわらず、砲撃に沈んだ味方の総数は半個艦隊分に相当する。このままいけば間違いなく負けだ。そのせいで僕たちは後方待機だったにもかかわらず、援軍として最前に駆り出された。この劣勢は今回の会戦総指揮者、ネスラー元帥が招いたものだ。  不要の出撃を命じられたレキシアは文句も言わず、開戦から現時点までのデータを分析し、移動の途中何度もネスラーに作戦の変更を進言している。この期に及んで戦況が好転しないのは、ネスラーが聞く耳を持たないからだ。  三十歳も年下のレキシアの意見を取り入れるのは、プライドが許さないのだろうか。これまで幾多の作戦を成功させ、幾千の敵艦隊を暗黒の海に沈めてきたレキシアを、若いからとそれだけで無視するのはあまりに愚かで無益だ。  敗軍の将になりたいのなら話は別だけれど。無能な采配で命を落とす兵士をこれ以上増やしたくない僕は思案する。 「レキ、どうしようか。もう一度、ネスラー元帥に上申する?」 「無駄だな。あいつには耳がない」 「五度目の正直ってことも」 「そんなことわざないぞ」 「じゃ、妙案があるんだね」    ノーとわかっていてイエスと答えるしかない哀れな兵士たちを救う方法が。 「もちろん。作戦を修正する」 「変更じゃなくて?」 「あくまで微修正だ」    艦隊が動けば個々のわずかな動きも大河のうねりとなる。ネスラーに動きがばれるのは必至で、もちろんレキシアは承知の上だ。 「拡がりすぎた戦列を縮小させる。航空部隊を再投入し敵の戦列をかく乱後、側面を崩し旗艦を叩く。ケルサス軍が中央のネスラーに集中しているいまなら動きやすい」 「“与えられた条件でベストを尽くせ”、だね」  僕はレキシアの修正案に大きくうなずいた。数時間後、勝利は第一軍の手中にあると確信したからだ。 「レキ、左翼のアルベルト准将に協力を要請してみようか」 「そうだな。天使からの頼みなら、断る気も起きないだろう」 「もう、からかわないでよ。天使との共通点なんて髪の色だけなんだから」 「名前も、だろ?」      僕たちの首都星デミトリオスには「金の髪の天使が乗る艦は神にしか沈められない」という言い伝えがある。大昔は洗礼を受けた金髪の幼子を天使と見立て共に出陣していた史実があり、実際その天使を乗せた艦は最後まで沈むことはなかったという。 「おまえは自分の価値をわかってないな」    レキシアはあきれたように苦笑した。自分の価値……? 訊き返そうとしたとき、アルベルトから短い返信が届いた。  我、協力す――どうやらアルベルトもネスラーの作戦に不満を持っていたようで、レキシアの読みどおり快諾を得られた。良かった。僕らだけで立て直すより両翼から攻めたほうが効率がいい。 「軍法会議ものだねぇ」 「勝てばいいだけだ」    レキシアは事もなげだ。でも、決して大言壮語じゃない。経験に裏づけされた堅実かつ揺るぎないもので、僕を、そしてつき従う部下たちを納得させ、奮い立たせる。 「上手くいくよ。必ず。ね、レキ?」    フローティングディスプレイから顔を上げた僕に、レキシアはほんの少し腰をかがめ耳打ちした。 「首都星に戻ったらお前の好きな酒をおごってやる」    毅然とした司令官顔でつぶやくけれど、まぎれもなく私語だ。そのギャップが微笑ましくて、僕は早く決着をつけなきゃねと笑顔で返した。 ***  最前線到着まであと四十分。艦内があわただしくなり始めた頃、偵察に出ていた航空部隊のエリック中佐がドレッドノートに単独帰投した。 「予定外だな。繋いでくれ」 「それが応答ありません。いかがいたしましょうか」    テオが困り顔で振り向く。 「降機後(こうきご)パイロット控室に待機するようメカニックに伝えろ」 「かしこまりました」 「機体のトラブルかな。渡したいものがあるから、僕が様子を見てくるよ」   エリックは二十五歳の航空部隊の遊撃手で、全軍五指に入るフライトテクと射撃能力の持ち主だ。ラウルとはいとこ同士、そして僕とレキシアの共通の友人。アクセサリー多用のせいか派手な印象だけど、基本真面目で性格は気さく。僕と同じ金色の瞳をしたミカという名前の飼い犬を溺愛している。 「おい、ミハエル」    不用意に動くなとレキシアが顔をしかめた。 「レキ、十分で戻るから。いいでしょ?」    続けて文句を言われないよう、しおらしく笑顔で念を押し艦橋を出た。扉が閉まるタイミングでレキシアが僕を呼んだけれど、聞こえないふりしておこう。  可動式歩道(オートウォーク)に乗り格納庫内の控室に出向くと、フライトスーツのつなぎを着たエリックがテーブルの上にあぐらをかき、パウチ式の栄養ドリンクを飲んでいた。控室にいるのはエリックだけだ。 「あいかわらず行儀がいいね」    声をかけると僕に気づいたエリックは口のはしに笑みを浮かべ、ひょいとテーブルから飛び下り敬礼した。明るいブラウンの髪がふわりと踊る。 「これはこれはミハエル殿、今宵も実に美しい。お会いできまして光栄に存じます」 「やめてよエリック。敬語なんて似合わないんだから」 「ひでえな。階級が上の方々にため口きくと罰として腕立て百回くらうんだよ」    素に戻ったエリックが肩をすくめる。 「いまはいいから。それよりトラブル?」 「インカムの故障と油圧計の不具合だ。直ったらすぐに出る」 「作戦微修正案は?」 「たったいまレキ殿から拝命したよ。それと伝言がある。油を売ってないでさっさと艦橋に戻れとさ」 「油って、ひどいなレキは。渡すものがあるから来たんだよ。ほらこれ」    僕はポケットから短冊形の小さな色紙を取り出した。 「四つ葉のクローバー……の、栞? おれ紙の本読まないんだけど」 「お守りだよ。シノンが押し花にして三枚くれたから、君にも幸運をおすそわけ」 「ああ、シノンね」    シノンは首都にある第一軍の中枢機関、総合本部の女の子だ。レキシアの分はこっそり胸ポケットに忍ばせといたから、気づいていないはず。 「あの美人と結婚するのか」 「結婚? つき合ってもいないのに」    せっかちなエリックがおかしくて思わず笑ってしまう。 「おまえくらい眉目秀麗なら速攻落とせんだろ」    僕は首を横に振った。 「正直、結婚に向いてないと思うんだよね。仕事と家庭、両立できる気がしない」 「なにその発言。一生独身でいるつもりか」 「死んだら悲しませてしまうでしょ」 「なにその前提。おれは絶対死なねえよ」 「悪運強そうだもんねぇ」 「てめ。だったら、後方に異動しろよ。おまえなら事務もこなせんだろ。こんな前線にいるよりよっぽどいい」 「それじゃレキを守れないよ」 「守る? あのひとが守られるタマか」 「支えるって言えばいいかな? この目で見届けたいんだ。レキがどこまで行くのか。彼がすべての困難をのり越えて夢をつかむ瞬間、同じ場所にいたい」  それ相応の努力を重ねてきた。辛酸も嫌というほど舐めた。どんなにつらくても高みを目指すのは、十六で初陣を切ったときレキシアと誓った夢を叶えたいからだ。第一軍とケルサス軍の戦争をこの手で終わらせる。そのために僕たちは最前線(フロントライン)にいるんだ。 「なら意地でも逝けねえな。おまえが死んだらあのひと泣くぞ」  エリックが意外なことを言うから、僕は一瞬ぽかんとしてしまった。 「レキは泣かないよ」 「速攻泣くって。おれが死んでも泣かねえだろうがおまえは別だ。精神安定剤みたいなもんだからな、ミハエルは」 「そんな、おおげさだよ。レキは情に流されるタイプじゃないもの」 「敵には冷徹でも、親友が死んだら泣くだろ普通。シノンよりまずあのひとを心配してやれ」 「僕はレキより先に死なないよ。守るって決めてるんだから」 「頭打って気ぃ失ってたやつがなにを偉そうに」 「誰に聞いたの!?」    ついさっきの出来事なのにどこから漏れたんだろう。 「ミハエルはドレッドノートの、いや、プライマリの天使様だからな。一挙手一投足速報が流れんだよ」    速報って……隠しカメラでもあるんだろうか。人の口に戸は立てられないけど、おもしろおかしく話題にしないで欲しい。 「僕はそんないいものじゃないよ。だって僕は」    謙遜するな、とエリックが手の平で僕の背中を思い切りたたくから、勢いあまってよろめいた。 「美形のツートップ、おまけに任務遂行能力も完璧だろ。おれは安心してドレッドノートを任せて飛び立てるし、帰艦できる。ほかのやつらじゃだめだ。レキ殿とミハエルじゃなきゃな。だから、おれのために無事でいてくれ」    いつもはおちゃらけているのに、急に真剣な目をするからドキッとした。僕がエリックを思うように、彼もまた僕を大切に思ってくれている。その心映えに添えるよう、僕はあらためて気を引き締めた。 「中佐殿、修理が完了いたしました!」    メカニックから声をかけられ、エリックが手を上げ応えた。 「んじゃ行くわミハエル。早いとこレキ殿んとこに戻りな。四つ葉サンキューな」 「気をつけて」    エリックが「もう転ぶなよ」とウインクと投げキッスを寄こすから、僕は笑いながら手を振った。  今回の任務が終わったら、エリックとラウルを誘って飲みに行こう。人数が多いほうがレキシアも楽しいと思うし。そんなことを考えながら可動式歩道(オートウォーク)に乗り艦橋へ戻ると、ラウルから「レキシア殿がお呼びですよ」と声をかけられた。  席を外したことを怒ってるのかな? ちゃんと時間通り戻ったのになぁ。ここは笑顔で懐柔だ。指令台へ続く階段を上がると、司令席に座ったレキシアがひじ掛けに頬づえをつき、正面のスクリーンから視線だけ僕に動かした。 「ミハエル、ちょっと来い」 「はい?」 「これはなんだ」  歩み寄った僕にレキシアが胸ポケットから四つ葉の栞を抜いて見せた。あれ、もうばれちゃったか。 「シノンがくれたんだよ」 「それで配り歩いてるのか」    面白くなさそうに言いながらレキシアはまた正面のスクリーンに視線を戻した。なんだか僕が艦内に栞をばらまいてる軽率なひとみたいに聞こえるのは気のせいだろうか。 「もらったのは三枚で、一番にレキにあげたかったんだよ。といっても、レキはお守りの類は信じてないでしょ。だから勝手にポケットに入れちゃった。エリックにもいま渡してきたから、あとはラウルに――」 「自分の分まで他人にゆずってどうするんだ」 「まあ……それはそうなんだけど」 「だけど?」    抑揚なくレキシアが言葉の続きをうながした。 「僕にとってはレキもエリックもラウルも他人じゃないから……無事でいて欲しいなって思って。あやかれる幸運ならあやかりたいもの」    眉間にしわを寄せながらレキシアが「ばかだな」とつぶやき、栞を僕に差し出した。 「シノンはミハエルに渡したんだ。おまえが持ってろ」 「もらったものを僕がどうしようと自由でしょ」 「おまえ冷たいな」 「レキに言われたくないよ」    ほんとなんなの。気持ちを汲んで素直に受け取っておけばいいじゃない。 「おふたりともなにを言い争っているんです」    僕たちのやりとりが気になったのか、ラウルが指令台に上がってきた。 「別に。ミハエルが言うことをきかないだけだ」 「それはレキのほうでしょ」    僕はふくれっ面になりながら言い返す。 「おや、レキシア殿、その栞はどなたから? 私も同じものをいただきました」 「シノンに?」    驚いて訊ねると、ラウルは首を横に振った。 「後方勤務の女性で、名前をお聞きしましたが失念しました。意中の男性に四つ葉を押し花にして渡すのが、本国で流行ってるようですね」 「ふうん、そうなんだ」    おかげで僕が栞を渡したかったひとたちに行きわたって万事解決だ。 「ご存知ですか。諸説ありますが、四つの葉はそれぞれ勇気・信頼・愛情・希望という意味をもち、手にした者には幸運が訪れるそうです」    勇気、信頼、愛情、希望か。さすが博識のラウル、意味を知るとありがたさも倍増だ。  後日談だけど、一番冷たいのは、栞を受け取ったくせに相手の女性の名前をころっと忘れてしまうラウルだと、僕とレキシアの意見は一致した。  いつまでも、僕たちの友情が続きますように。無事に生き抜くことができますように。どうか、神のご加護を――祈りながら僕は、フローティングディスプレイを振り仰いだ。
/571ページ

最初のコメントを投稿しよう!