行きて帰らぬ、あのリフト

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ふと何か聞こえた気がして、私はいつの間にか閉じていた目を開いた。 眠っていたわけではなかったが、ずいぶん景色を見ていなかったようだ。 重い頭を動かして見ると、少し霧の帳が薄くなっているように感じた。 前方に、何か白く四角い建物が見えた。窓は見える範囲に一つもない。ひどく無機質な印象だ。一切の干渉を許さず、何が起ころうとそこにあり続けるーーそんな様子だった。 リフトはそちらへ続いている。 ぼんやりしているうち、リフトは建物の中へ入っていった。 そこは霞がかっているものの、外と違って周囲は見渡せた。一定の間隔で並ぶ天窓から差し込む薄明かりが、先行するリフトの背を時折照らしている。 色彩の乏しい空間だった。手元の見慣れた赤い傘が、ここでは妙に鮮やかだ。 リフトの通っていく傍らには、背の低いソファがいくつもあり、病院の待合室に似ている。 ソファには一様に病衣のようなものを着た人々が、何人も座っていた。 人々はゆっくりと通り過ぎるリフトを眺めているようだが、誰とも目は合わない。 そしてささめくように何か聞こえてくるものの、少しも意味を成していないようだった。 私は人の視線も、話し声も好きではないけれど、彼らのそれは気にならない。 彼らの視線には何の感情も伴っていない。声を言葉にする思考も働いていない。 そう感じられるからだ。 もうすぐ、私も彼らのようになる。それは焦がれに焦がれた終着点だった。 そう思うと、再び幸福感に満たされる。 私がこのリフトを降りることはない。 過程は計り知れないが、少なくともこのリフトに下りはない。 私がここにいる彼らのようになるとき――つまりリフトを降りるとき、私は今の私ではない。 私という自我を失って、リフトを降りたことも分からずに、彼らの一員、この建物の住人になるのだ。 そしていつか順番が来て呼び出され、別の何かに生まれ変わって、今度はどこかで下りのリフトに乗るのだろう。 ……ぼうっとして何も考えられないような気がするのに、そんなことを勝手に理解していた。
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