行きて帰らぬ、あのリフト

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行きて帰らぬ、あのリフト

赤い傘の先を、階段の最後の一段についた。 来た道も行く先も、ぼやけて見えない。 乗り場に立ってみると、リフトを待つのは私一人のようだった。 立ち込める霧が光の鋭さを奪うのか、辺りはクリーム色に満たされてほの暖かい。 角のない形のシートがついた、チェアリフトのシルエットが正面に見える。 ゆったりと通り過ぎていく影の周りだけ、空気がわずかに揺らいでいた。 陽だまりに揺れる揺りかごのようなその光景は、とても優しげに私を引き付ける。 しばらく私はじっと動かず、それに見入っていた。 そっと、リフトのほうから誰かが歩み寄ってきた。 その輪郭もクリーム色に溶かされて、淡い影のようだ。 人影は今やってきた一つのリフトを指し示して会釈をする。ここの管理人だろうか。 私はただありがとうと言って、足を踏み出した。 ――ああ、やっとこの時が来たのだ。 長い道を歩き、階段をずいぶん上がって来たけれど、これから行くところはもっと高い。 感慨深く、見えない行先へと顔を向けて立った私を、リフトはやわらかく掬い取った。 地から離れた足が揺れる。同時にふわりと、胸が高鳴る。 ふと、幼いころ遊んだブランコの記憶には、地を離れることの不安が小さな影を落としていたことに気づく。 今の高揚感には、一点の曇りもない。 赤い傘を膝の上に寝かせ、意味もなく指先で撫でる。そんな些細なことでさえ楽しくて、胸がうずいてたまらない。 だって、待っていたのだ。 いつからか――ずっと長い間、この時を待っていたのだから。
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