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そう言って、厨房の責任者ナディアが体を揺らして大笑いした。ひとしきり笑った後、アスリールはハタと思い出した。
「おばちゃん、買出し!」
「おっと、そうだった」
二人は大きなカゴをいくつも重ねると、慌てて厨房の奥へ運んで行った。いくつも並んだ調理台やかまどを抜けると、食糧倉庫があり、さらにその奥には頑丈な木製のドアがあった。かけられた閂をはずし、ドアを開くと、そこには水路が広がり数艘のボートが繋がれていた。
「お前さん方、遅過ぎじゃぞい」
ボートの上でキセル煙草をふかしていた老人が、カゴを抱えた二人の姿を認めて声をかけた。
「ごめんなさい、ヒューゴじいさん。一週間だけど、よろしくね」
持っていたカゴをボートに積み込み、自分もボートに飛び乗ったアスリールは老人に挨拶した。
「じいさんって呼ぶな。この、じゃじゃ馬娘め。よし、じゃあ出すぞ」
ヒューゴは立ち上がると、大きく棹を動かした。ギッときしんだ音がして、繋がれたボートが一斉に動き出す。
「そう言やあなあ、アスリール。この先に、灯りが切れてて真っ暗になっている場所があるのさ。どうにかしてくれんかな」
三人を乗せたボートは、オルドールの地下にある水路を滑っていく。水路の壁に設えられたランプの中の揺れないオレンジ色の炎が、暗い水面を照らしている。
「それくらいなら、あたしにも何とか出来るわね」
等間隔に設置されているランプの炎が、ポッカリと抜け落ちている場所がある。炎を維持していた魔導力が、何かの弾みに切れてしまったのだろう。アスリールは目を閉じると静かに息を整えた。
『紅き焔の蛇 我が求めに応えて 現れ出でよ
指し示したる囲いの中へ 揺るがず
途切れず 不浄ならず
隠されたる道を照らせ
フィアーズ サラマンディエラム』
差し出したアスリールの手の上に、オレンジ色の炎が生まれる。自身の周囲にある空気を巻き込み成長していった炎は、フルフルと震えると分裂した。ヒュッと空気を鳴らして、ランプの中へと自ら飛び込んでいく。暗かった水路にオレンジ色の光が灯った。
「おお、ありがとよ」
ランプの列を通り抜け水路を進めば、やがて白く太陽の光が差し込んでいるのが見える。そこを抜けると、ボートは東の海へと出ているのだ。
「さぁて、急ぐぜ」
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