序 章

2/2
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/301ページ
 深い藍色の夜空に、形の違う三つの月が浮かんでいる。静かに凪いでいる海面に、黒々とした尖塔が影を落としている。 「ドラリエーラ ルムナス コオルドォルゥ アルゼリィイヤァ──」  その一角から、耳慣れない言葉が流れてくる。声の主は目深にフードを被り、手には短めの杖を持っている。 「エルディム ルゥラァア!」  手にした杖を高々と掲げ、呪文の環を閉じる。途端に、目の前のテーブルに置かれていた、白磁器の水差しが激しく揺れ始める。ローブの人物が、期待を込めた眼差しで見つめていると、タップダンスを踊っていた水差しが急に静かになった。  コプリ……。  水差しの中から、水の動く音がする。 「やった……かも?」  コポ コポポ……ゴブリ  ところが水音は、どんどん大きくなっていく。どのような力によるものか、水差しの口に水が盛り上がっている。表面張力によってフルフルと震えていた水が、いきなり爆発した。 「あ、ヤバ……!!」  どこにそれだけの水が入っていたのか、勢いを増して部屋中に溢れる。慌てて水を何とかしようと、ローブの人物が口を開いた瞬間、水は人物ごと部屋のドアを吹き飛ばした。  静かな夜空に、阿鼻叫喚が響き渡る。部屋の外へ溢れ出した水は、ドアと窓を突き破って外へ流れ出し、今はくるぶしほどの深さになっていた。くつろぎの一時を邪魔された面々が、怒りの形相で部屋を覗き込む。 「アスリール! 今度は、何をやらかしたんだ!?」  異口同音に繰り出される言葉の数々に、部屋の中に仰向けで、大の字になって倒れていた人物がうめいた。 「うーい。ごめんなさーい……」
/301ページ

最初のコメントを投稿しよう!